2026.1.28
自分の感情が「甘え」なのか気になってしまう人たち【こんな質問が来る 第4回】
ジロウがXに返答やリアクションを載せると、たびたびSNS上での「バズ」や時に「炎上」が起きる……
前回は、頻繁に届く「彼氏の写真が下手問題」の繊細さについてでした。
今回は、自らの感情が「甘え」なのかどうか気になってしまう社会環境についてのお話です。

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自分の感情の世間体に自信を持つことが難しい時代
たとえば、こんな質問が来る。
「これって、甘えですか?」
何が「甘え」なのかといえば、上司の言葉がきつい、親のおせっかいに疲れる、恋人の軽口に傷ついてしまう、気持ちがふさぎ込んで何も手につかない……などなど、とにかく多岐にわたる「つらさ」の訴えである。
自分の感じている感情が正当なものなのかどうか、自分には弱音を吐く権利があるのか、誰かに助けを求める資格があるのか。それを誰かに評価してほしい。そんな気持ちの表現が「これって甘えですか?」という問いなのだろう。
とはいえ、実際には言葉通りの切実な問いかけというばかりではない。ふだんは口に出せない愚痴の吐露のあと、自分勝手とのそしりを免れるために世間へのエクスキューズとして慌てて添えるSNS時代の定型句のようなものという側面もあるだろう。それでも、それくらい自分の感情が世間でいかに評価されるのか不安であり、自分の感情の世間体に自信を持つことが難しい時代ということである。
教育の場でも、そして仕事の場でも「甘えるな!」と厳しく叱りつけられる機会なんてめっきり減った。そんな時代しか知らないはずの世代の口癖が「これって甘えですか?」であるということは皮肉なことである。
それにしても自分が抱いた感情さえ自分で正当なものと感じられないのはさぞかし落ち着かないだろうと思う。悩むに悩めないし、怒るに怒れない。痛みだって自分のものにできないのであれば、なおさら傷は痛むだろう。
「甘え」といえば、1970年代を代表するベストセラーである精神科医・土居健郎の『〈甘え〉の構造』を思い出す人もいるかもしれない。「甘え」の概念から日本社会の特徴を分析する、いわゆる日本文化論のひとつとして大ヒットした書籍であり、入試問題の現代文の定番であったことでもよく知られている。しかし、実は著者である土居は晩年になって、かつて自身が論じた日本社会における「甘え」の意味が21世紀に入る頃にはずいぶん変わってきたことを指摘している。
たとえば「甘え上手」という言葉は、単に他者を搾取するフリーライダーを非難する言葉ではなかった。「甘え」ることで相手にも満足感や充実感を与え、そのことによって人間関係を結んだり、また、人間関係の距離を縮めたりすることが上手な人を指す表現であったのだ。つまり日本社会における「甘え」とは常に否定されるだけのものではなかったのである。親しい人間関係には必要なものであり、お互いを慕い合い、信頼し合う感情の表現としてポジティブな意味も含むものでもあった。
しかし、昭和という時代が終わり、21世紀に入る頃には、このような日本社会の人間関係の景色もずいぶん変わり始める。「持ちつ持たれつ」という相互扶助的な人間関係を否定する自己責任という言葉が正義のような顔をしてまかり通る時代がやってきたのだ。
かつては「甘え」が許されたような人間関係においても、お互いに気を遣い合うことが、慕い合い、信頼し合い、深くかかわりあうことではなく、「迷惑をかけないこと」になっていった。職場の同僚はもちろん、友人や恋人、そして家族においても、いつも「相手に迷惑をかけていないか」「相手に負担をかけていないか」などとばかり気にするようになった。
こうして、「甘え」はいつしか自分勝手を糾弾し、戒める意味ばかり意識されるようになってしまったのである。
そんな時代らしい言葉はいくつも思い浮かぶ。「メンヘラ」もそうだろう。もともとはメンタルヘルスに問題を抱えていることを意味したネットスラングであったが、いつしか、関係性への不安のあまり恋人に多くの負担を求める人や状態を意味する言葉となっていった。他の人間関係とくらべても恋愛は人間のもっとも脆く重くやわらかい部分を相手と預け合う関係であったはずだが、もはやそのこと自体が非道徳的なこととして異物化されていると感じることも多い。
「ノンデリ」という、どこかレトロな響きの言葉がとくにSNS上で使用される若者言葉として定着したこともそうだろう。デリカシーに欠ける言動を指摘する言葉であるが、実際に使用場面を見ているとコミュニケーションにおいて「これくらい言っても許されるだろう」と思っている人の「甘え」に対する非難めいたニュアンスも含んでいることが多い。なるほど、これらは人間関係における規範意識が変化したことによって生まれた表現なのだろうと思う。
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