2025.12.15
大切な人との時間だって、今のこととして保存することはできない【第10回 人を思い言葉を贈る】
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秋日傘さしてゆく街〈クリスマスケーキ〉の赤字はためいてゐる
この頃はなんでも早くなってしまった。まだ夏の疲れが抜けきっていないのに、街には「クリスマスケーキ」とか「おせち予約開始」や「年賀状印刷」といったポスターやのぼりが目につくようになる。ハロウィンが終わった途端に、今度はあちらこちらで赤と緑の装飾がなされてクリスマスソングが聞こえてくる。スイッチをカチッと切り替えるように気持ちは切り替えることができない。するといつも季節からおいてきぼりになっているように思ってしまう。

今といふ時間は未来に使はれてもううすつぺらい石鹼のやう
時間はいつも将来の準備のために使われて、いつだって今を味わうことが難しくなる。一つが終わった、と思うと、息つく暇もなく「今度」はまたすぐにやってきて、気がついたら「今」は将来のために消費されてばかりだ。あれ、生きているってこういうことだったっけ?とわたしは思ってしまう。先回りして常に何かの準備をして、わたしはいつからこんなふうになってしまったのだろうか。
子どもの頃はこうではなかった。「今」はわたしの中にたっぷりとあった。いや、その当時には「今」しかなかった。校庭の隅で落ちた赤い椿の花のなかからきれいなものを選り分けて拾っていたとき。朝礼台の下に潜り込んで秘密基地を作っていたとき。「今」はちゃんと「今」のために使われていた。「未来」はぼんやりした曖昧なもので、明日ですらずいぶん先のことに思えたものだった。
あの頃に戻れるとは思わない。10月や11月になると、もう来年の約束がちらほら入りだしている大人のわたしは、どんどんスピードを増しているこの世界で生きていかなくてはいけない。もう朝礼台の下に潜り込むことはできないのだ。では、今のわたしが「今」を味わって過ごすためにはどうしたらよいのだろうか?
ここまで書いてわたしはキーボードを打つ手を休めて、深く息を吸い込んでみる。ここで思うのは、「書く」ことだ。以前、歌人の永田紅さんが「歌を作ることは、時間に錘をつけることだ」とおっしゃっていた。人は過ごした時間の全てを留めておくことはできない。時間は次々に過ぎていき、その膨大な記憶や歳月はどんどん忘れ去られていく。「書く」ということは、その中からあることを取り出し、その時の景色や心情を特別なものとして自分の中に留めていくことだ。
心といふしづかな湖(うみ)を抱きながらとほきあなたへ言葉を贈る
今を、自分が見つけた言葉で表現する。それは写真を撮るようにスムーズにいかないかもしれないが、その時の空気や気持ちを瞬間冷凍させる力があるのではないだろうか。その言葉を未来の他者やわたしが受け取ったら、それはその場で解凍されて、瞬間冷凍されたときの時間が流れ出す。選ばれた言葉、それを連ねた文章、そんななかには言葉を超えたものを包摂する力があると思う。
自分自身のことだって、人はどんどん忘れてしまう。大切な人との時間だって、どうしたって今のこととして保存することはできない。大切な人を思うとき、わたしはその人に手紙を書く。永田紅さんの言葉を借りれば「時間に錘をつける」。その言葉が時間をかけてその人に届く。一人家にいる静かな時間、すっかり片付けた食卓でわたしは便箋を広げる。ひとりの人を思いながら、その人に言葉を書く。それはまるでその人のために言葉の花束を作っているような気持ちがしてくる。大仰な言葉でなくてもいい。たくさんの言葉でなくてもいい。わたしの言葉があなたへ届く。ささやかであってもそれは贈りもののようだと思う。
あたらしい年に贈りたい言葉はなんだろうか。その人のことを思いながら、わたしは言葉の花束を作っていく。それを受け取る相手によって花束の花の種類も、花束のボリュームも自然と違ってくる。それを楽しみながら一文字ずつ書いていく。宛名を書き、年賀切手を貼り付け、「年賀」と朱書きをしたら少し休む。そしてまたあたらしいお便りを書く。目を上げると庭の向こうの椋の木の葉が風にはらはらと落ちている。このはがきを受け取った人がうれしく読んでくれますように、その人の時間にわたしの言葉がやさしく届きますように、わたしの「今」がその人の「今」に届きますように。そんなことを願いながら、はがきに一文字、もう一文字を記していく。それはその人を思う時間であるとともに、わたしが今に留まるための、今を生きるための時間でもあるのだ。

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*次回更新は、1月19日(月)です。
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