2025.12.15
大切な人との時間だって、今のこととして保存することはできない【第10回 人を思い言葉を贈る】
日々を過ごすなか、また、過ぎた時間のなかに、惑い途方にくれること、悔恨、屈託、解放されたこと…暮らしの断片と陰影を、歌に込め文に紡ぐ短歌エッセイです。
バナーイラスト/鈴木千佳子 本文写真/著者提供
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〈年賀状仕舞ひ〉のいちまい二枚ありうすく陽の差す郵便受けに
いつからだろうか。年賀状を出すのがおっくうになってきた。「年賀状じまい」という言葉も聞くようになり、いただく年賀状の数も年々減ってきている。もう年賀状を卒業してもいいかもしれない、とちらと頭によぎるのだけれども、それでも年賀状を介して年に一度のやり取りが続いている方もいるので、なかなかふんぎりがつかない。
今年こそ早めに取り組もうと思って年賀はがきだけは早々と買って、そこから先をなかなかやる気になれず、結局は年末ぎりぎりにやっと書いて出すということを繰り返していた。手書きの部分を減らしたらいいのだろうとか、12月のはじめに計画的にちゃんとやろうとか色々と改善案やら反省点やらを思いつくのだが、結局は毎年同じことを繰り返すのだった。

ところがここ数年わたしは年賀状を書くのを楽しみにしている。どんなすごい改善案があったのかというとなんということはない、年賀はがきを買うのをやめたのだった。もともと手紙を書くのが好きで、記念切手の発売日はチェックしていた。あるとき「年賀切手」というものがあるのを知ったのだった。年賀切手はその年の干支の動物のデザインで、はがきと同じようにくじなしとくじつきがある。この年賀切手をはがきに貼って、下に「年賀」と朱書きすれば年賀状としてきちんと元旦に届けてくれる。
年賀切手を買ってみて初めて分かったのだけれど、わたしは年賀はがきの切手部分や郵便番号の四角のあのうす朱色の印刷があんまり好きではなかったのだ。あとはいかにもなデザインや定型文を書くことにも飽きていた。そして、11月ごろからどんどん増えていく「年賀はがき発売中」とか、「年賀状印刷承ります」という赤字の文句にせかされているみたいで疲れていたのだ。そうか!わたしは年賀状を出すこと自体が嫌だったのではないのだ、年賀状にまつわる「こういうことになっている」という事柄が好きでなかっただけなのだと分かってからすっきりした。
はがきには手の影あをく差してをり呼ぶやうにきみの名前を記す
手紙を書くのが好きで、多い時には毎日書く。手紙を書くのは決まって万年筆で、インクはグレイ。黒や青だと、白の紙とのコントラストが強すぎるように感じるからだ。便箋は厚すぎず薄すぎない無地で罫線のないものがいい。便箋については散々あちこち探し回った挙句、結局はふつうのA4のコピー用紙に落ち着いた。そして何の変哲もない封筒。出先で出すのに糊を持ち歩かなくてよいように、ワンタッチのシール式のものと決めている。宛名までを万年筆で書いたら、画竜点睛といった感じでその日の手紙にぴったりと思う切手を貼り付けて、住所と名前のスタンプを押す。
親しい友達への手紙には思いついたことを次々書く。話はあちらへ飛びこちらへ舞い戻り、そして再び飛ぶ。書き終わったら、なんとも言えない充実した楽しい気持ちになる。時候の挨拶もない、「季節の変わり目ですからご自愛ください」などという決まった文句も書かない。お作法もない、中身も思いつき。こんなものを頻繁に書き、110円をかけて数日後に届けるために送るなんて、無料のテキストメッセージのやり取り全盛のこの現代において馬鹿らしいと思われそうだけれど、これはわたしにとってはとても意味のあることなのだ。
手紙は独白(モノローグ)のようで、対話(ダイアローグ)的だと思う。◯◯さん、で始まる言葉の連なりは、やはりその相手があるからこそなのだ。その相手とおしゃべりしている気分で、わたしはどんどん思いついたことを書いていく。日記とはずいぶん違う。そこに親しくたいせつな他者が存在していることが手紙においては重要なのだ。家の中だけでなく、手紙はいろんなところで書く。クリアファイルにA4の紙と、あらかじめ切手を貼って住所と名前のスタンプを押した封筒を入れておいて持ち歩く。出先の電車の中で、カフェで、公園のベンチで手紙を書く。その時目にしたこと、考えたこと、思い出したことを友達におしゃべりするみたいにどんどん書く。
そうやって手紙を書いていたある日、ふと思った。
「そうか、年賀状だって“お正月に届く手紙”だと思えばいいのだ」
年賀状という形式ばかりにとらわれていて、わたしはあの決まったはがきに決まった文句を書いて決まった時期に届けることばかり考えていたのだった。そういう決まりにのっとった年賀はがきをもらってももちろんうれしいけれども、一人くらいそうじゃない年賀状を送る人がいてもいいだろう、と思ったら途端に気が楽になった。
年賀切手を買うようになった数年前から、「今年は年賀切手の発売日はいつだろう」と心待ちにするようになった。年賀状と同じ10月の終わり頃発売されるけれど、年賀状ほど数が用意されていないようでうっかりすると売り切れてしまうので、まだ平常な雰囲気の11月のはじめ頃の郵便局にいそいそと買いに行く。そして少しお正月らしい柄の鳩居堂のはがきをこれも早めに買っておく。あとは時間のあるときに少しずつお便りを書く。その人のことを思い、万年筆でゆっくりと文字を記していく。そうしていると、年末の忙しい時期にやっつけ仕事のようにこなしていた年賀状書きとは全く違う時間が流れてくる。
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