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横領金額14億円。その大半をひとりの女に貢いだ男の独白――世間を揺るがせた「アニータ事件」の知られざる真相!?

判決文に記された「常軌を逸していると言わざるを得ない」

 出会ってわずか5カ月後の8月、ふたりはチリで結婚する。それから、千田はアニータのATMと化す。求められるままにせっせせっせと送金したり、自ら大金をチリまで運んだりして、出会ってから4年ほどの間に渡したお金は銀行から送った分だけで約8億円。千田はお土産で買った貴金属なども含めると「11億ぐらいになる」と語る。千田は独特の感性で、その関係をこう表現する。

――今から考えると、いまはやりの、オレオレ詐欺の先駆けみたいなもんですよね。俺が実行役でアニータが指示役、そういう風になぞらえちゃう。金送れよ、送ると足りないからまた送れよ、送るとまた足りねえよって。アニータには先見の明があったよね。

 4年で11億ということは年間約2.8億円。アニータはその大金で千田が「思わず笑っちゃったよね」と振り返る豪邸を建て、家族で経営する病院まで作った。千田はその病院がオープンする際、チリに行ってテープカットに参加している。千田は生まれも育ちも見た目も普通のおじさんだ。テープカットのシーンを想像すると、あまりにシュールである。

 そこまで尽くす割りに、千田はアニータからないがしろにされていた。本書を読み進めていると「いい加減に目を覚ませよ!」と言いたくなるタイミングが何度も訪れる。しかし、千田はなにをどう勘違いしているのか、自分をリチャード・ギアに重ねていた。

――アニータに、「お前は『プリティ・ウーマン』の主人公みたいだなって言ったことがあるんです。大金持ちと出会った女性が一流の女性になっていく。あれに似てるなって。

 ちなみに、『プリティ・ウーマン』はリチャード・ギア演じるリッチな実業家が娼婦と恋する物語。公社の経理担当で大金を横領している千田とリチャード・ギアは似ても似つかない。

 ここまで書けばわかるだろう。千田は決して「一途でかわいそうな人」ではない。本書のなかで意外な事実も明かされる。「信じてもらえないかもしれないけど、アニータのほかにもお金をあげたいなって人がいて」と打ち明けるのだ。

 さらに、捜査の手が伸びてきたことに気づくと、複数の外国人ホステスを連れて豪遊する。そもそも、裁判で認定された横領金額は14億円超。アニータに11億円として、残りの3億円について本書では触れられていないが、千田が個人的に使っていたのだろう。

 一連の行動について、判決文では「常軌を逸していると言わざるを得ない」と指摘されている。毎日、あらゆる犯罪者と向き合っている裁判官にそう書かせるほどの「なにか」を千田は持っているのだ。

 その「なにか」は、服役中の千田がアニータに出した手紙の文面から強く漂ってくる。全文が本書に掲載されているので、ぜひ読んでほしい。誤解を恐れずに言えば、僕はこの手紙から狂気を感じた。千田も、自分のなかの狂気に気づいているのかもしれない。それは、坂本記者との会話に出てくる「もしかしたら、俺がアニータの前に現れた悪魔だったのかもしれない」という言葉からもうかがえる。

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シングルマザーとして9人の子どもを育てる「メスライオン」

 千田の放つ毒気なのか妖気なのか、「Side A」はなんともよくわからない空気に覆われている。一転して、「Side B」は新聞記者らしい冷静な筆致で記されており、安心感がある。

「Side B」のハイライトは、著者がチリに渡って取材をする章だ。一連の事件はチリでも大きく報じられ、一躍有名になったアニータは自叙伝を出版したり、歌手デビューしたりとタレントのような存在になった。

 53歳(取材時)になった現在、メディアへの露出が減っているものの、いまだに知名度は高いようでインスタグラムのフォロワーは約80万人。その影響力を活かして企業のPRなどをして稼ぎながら、シングルマザーとして9人(!)の子どもを育てているという。

 僕が興味深く読んだのは、チリの市民がアニータのことをどう見ているのか、著者が町なかの人たちにインタビューをするところ。賛否両論ありつつも、誰もがアニータのことを知っていることに驚いた。取材に応えたひとりが、テレビで観た印象と前置きして、アニータを「メスライオン」と評していたのは、笑ってしまった。

 昨今、女性がホストに多額の金銭を投じて身を滅ぼす「ホス狂い」が話題になっているが、「アニータ事件」は似て非なるものだ。騙した、騙された、被害者、加害者というくくりではない。ひとりの男から4年間で11億円も引っ張って使い込んだアニータを「金の亡者」と表現するなら、悪魔と亡者が食いつき合い、ど派手に火花が散ったのがこの事件だ。ふたりが出会った場所がスナック「エンゼル」というのもまた、皮肉である。

 次回は、男たちから総額約1億5千万円を騙し取ったうえ、そのマニュアルを販売していた「頂き女子 りりちゃん」に迫る『渇愛 頂き女子りりちゃん』(宇都宮直子著/小学館)を紹介する。この本を読んで、アニータと“りりちゃん”の共通点を感じたから……というわけではない。むしろ、“りりちゃん”は『アニータの夫』の怪人・千田と同じような匂いを放っているのだ。

次回は4/23(木)公開予定です。

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新刊紹介

川内イオ

かわうち・いお
ライター/稀人ハンター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を取材し、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。
趣味は読書で、ノンフィクションが大好物。
『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』『農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ』(文春新書)『ウルトラニッチ 小さな発見から始まるモノづくりのヒント』 (freee出版)など著書7冊。2023年3月より「稀人ハンタースクール」を開校し、国内外のスクール生とともに稀人の発掘を加速させる。

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