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ラーメン店の店主はなぜ腕組みをして写真に写る? ラーメンにおける男性性とは

 僕はよく、「カレー屋さんの店主とラーメン屋さんの店主って、なんかずいぶん雰囲気が違いますよね」という話題を振られることがあります。そういう人はその違いがなぜ生まれるのかおおよそ見当は付いている上で、当事者でもある僕から予想通りの見解を引き出して納得したいと思っているように見えます。
 そういう時、僕は簡潔にこう答えます。
「ラーメンの人たちは成り上がりたくて、カレーの人たちは世捨て人になりたいんでしょうね」
 もちろんそんな単純な話でもないでしょう。こと最近では、ラーメン屋さんでも自己実現が主眼となる人もいれば、カレー屋さんでも純粋にビジネスとしての成功を目論む人もいる印象です。そういった複雑な想いが入り混じっているのが人間というもの。しかし大まかな傾向として、僕の答えはそう大きく外れていないとは思います。
 東京でも戦後すぐは、寡婦が担い手となって多くの飲食店が誕生しました。そのまま地方都市の大衆食堂のように女性たちのチームプレイがラーメン店運営の主体となっていっていたら、あるいは芸術家崩れの世捨て人みたいなタイプが生きていく術としてラーメンを選択していたりしたら、ラーメンはまた全く違う方向に発展していたのかもしれません。
 しかし冷静に考えて、それでは決して今ほどの目覚ましい発展は果たせず、全国に波及するような影響力も持ち得なかったのではないかという気もします。それがわかっているからラーメンファンたちは、「男らしく」歯を食いしばり、堂々とした態度で社会と渡り合う、ラーメンという名の英雄譚を歓迎し、拍手喝采を送っているのでしょう。そしてその中からまた次の担い手が現れ続けているのです。

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 ただそこに対してはある種の「マチズモ疲れ」みたいなものも出てきているような気はします。だからラーメン職人のあのいかにもなスタイルは時に揶揄やゆの対象ともなるし、店主のそのプライドをかけた媚びないスタンスは「高圧的」「単なるサービス業のひとつなのに」「偉そう」と批判の対象にもなります。
 そんな中で興味深いのは「ちゃん系」と呼ばれるムーブメントです。提供するラーメンは、昔ながらのスタイルに少し先祖返りしたようなノスタルジックさも漂う醤油ラーメンで、「ノス系」とも呼ばれています。ちゃん系と呼ばれる理由は、そういった店の店名に、「ちえちゃんラーメン」「みっちゃんラーメン」などの女性名が冠されていること。実際に厨房を覗くと、そこにみっちゃんやちえちゃんらしき人物は見当たりませんから、店名はあくまで店名ということなのでしょう。言うなれば、冒頭の僕が岡山で出会ったようなおばちゃんたちの和気藹々としたラーメン屋さんのイメージを、システマティックに構築し表現しているということにもなりそうです。
 そういうお店は、マチズモの緊張感から解放されたい多くのラーメン好きに歓迎されています。こういった脱マチズモ的な動きが今後は増えていったりもするのでしょうか。その分析はマニア諸氏に委ねるとして、地方では元気で気さくなおばちゃんたちのラーメン屋さんが、今日も地域の住民たちをほっこりと癒してくれているのでしょうね。

イラスト:森優
イラスト:森優

次回は2/15(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)、『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)など。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)、『ミニマル料理「和」』(柴田書店)。

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