2026.3.6
松本雄司 弱冠32歳でモデルから京都・老舗酒造「黄桜」社長へ 【実録・メンズノンノモデル 第4回 前編】
第4回は松本雄司さん。2013年から2016年まで、おもにメンズ美容企画やスーツ特集などで活躍していた彼が、今年1月1日、先代から家業を継ぐ形で京都の大手酒造メーカー「黄桜」の代表取締役社長に就任。前編では、専属モデル出身者のなかでも異例のキャリアを歩き始めた松本さんに、まずは創業100年の老舗企業を率いる上での心構えを語ってもらった。
取材・文・撮影/徳原 海
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先代までのレガシー、そして次の100年を担うために

今年1月1日、京都市伏見区に拠点を置く清酒大手の黄桜株式会社(以下、黄桜)が31年ぶりに社長交代を発表。先代の松本真治に代わって代表取締役社長に就任したのは昨年9月から専務を務めていた松本雄司。32歳での大抜擢が、清酒業界や地元・京都の財界で注目を集めたであろうことは想像に難くない。そして彼の社長就任の一報は東京のクリエイティブ業界でもちょっとした話題に。これまでメンズノンノモデルから俳優やクリエイターへと羽ばたいていった人材は多いが、黄桜ほどの有名企業のトップに就いた人はおそらく松本が初めてだからだ。
松本雄司(以下、松本) 黄桜は昨年10月で創業100周年。会社にとって大きな節目を迎え、次の100年を見据えて2026年を新体制でスタートしようということで就任しました。お酒全体の国内需要が低下するなか、日本酒はとくに厳しい時代。ご心配の声も多いかと思いますが、黄桜には日本酒のみならずビールやウイスキーなど幅広いジャンルの商品を高いクオリティで製造できる、優れた技術やアイデアを持つメンバーが揃っています。彼らにこれまで以上に力を発揮してもらえる環境を整えていく。当面はそれが私にとって最も重要な仕事になります。
この年齢での社長就任については、当の本人も驚いたそうだ。
松本 父は昔から、家族の前では仕事の話を一切しませんでした。したがって私自身も跡を継ぐイメージは持っていませんでしたし、高校生までは、どこか異世界のように家業を見ていました。大学で経営学を勉強し始めてからは、黄桜の歴史を知る過程で父や二代目として大きく会社を成長させた祖父の仕事にも興味を持つようになりましたが、こうして、自分が会社を率いる立場になり、一段と身が引き締まる思いです。昨年末に、日本全国の取引先様へご挨拶まわりもさせていただき、祖父や父が、長きにわたってお世話になってきた方々ともたくさんお会いできました。真摯な仕事ぶりで深い関係性を築き、その積み重ねによって今の黄桜があることを実感させられましたね。

1982年から続く紙パック専用ブランド「黄桜 呑」や、1999年に発売された「辛口一献」など、黄桜には、普段お酒を飲まない人でも一度は耳にしたことがあるような銘酒が多い。ヒットの足がかりになったのは、何といってもあの色っぽい「カッパ」の漫画キャラクター。それらがユーモラスに描かれたテレビCMと、小気味のいい主題歌は、1955年に登場して以来、関西地方を中心にお茶の間の定番となった。カッパの起用は、二代目であり松本の祖父でもある松本司朗の渾身のアイデアだったという。
松本 松本酒造(寛政3年(1791年)創業、京都・伏見区にある老舗造り酒屋)の分家として創業した黄桜は、京都・伏見の酒造としては後発の部類。そこでプロモーションに工夫を凝らしたいと考えた祖父が、かつて水球選手だった自分になぞらえ、漫画家の清水崑さんに頼み込んで描いていただいたそうです。以前ほど頻繁にCMは放映していませんが、それでも、世代を超えて多くの方々に「黄桜=カッパ」と認識していただけているのはすごいこと。本社敷地内の「伏水蔵」には多くのカッパの作品を展示し、工場見学とあわせて観覧いただけるようになっていますので、ぜひ足を運んでいただけるとうれしいですね。

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