2026.2.6
栁俊太郎 モデルと俳優の”二刀流”で心が荒んだ時期もありました 【実録・メンズノンノモデル 第3回 前編】
記事が続きます
モデルと俳優。その狭間でもがき苦しんだ

後に聞いた話だが、実は2009年に彼がメンズノンノモデルオーディション会場で編集者たちの前に初めて立った際、「どこか浅野忠信さんに似た雰囲気を感じさせる」と話題になったのだという。当時、俳優のみならずファッションアイコンとしても支持を得ていた浅野忠信は、メンズノンノのファッションページや表紙にも頻繁に登場しており、奇しくもその本人に見出されて栁は新しい道を切り拓いたのだから、人生は不思議なものだ。その少し後には、坂口健太郎や成田凌らも、栁の例に続くような形でメンズノンノモデルを続けながら俳優の道に進んでいく。しかし、栁にとっては、モデルと役者の“二足のわらじ”は長らく抜けることのできない“茨の道”となった。
栁 役者の現場では、もう、「人生のシビアさ」というものを痛感しましたね。高校の部活での経験もあって、(役者の現場で)厳しく怒られるのは平気なんです。それよりも、「モデルである自分」と「役者として結果が出せない自分」とのギャップが、とにかく苦しかった。自分で言うのもなんなのですが、僕の、モデルとしての評価はそれなりに高かったと思うんです。指名してくれるクリエイターも多かったですし、パリやミラノコレクションでランウェイも歩きました。自分のそういう姿を見て、映画やドラマにオファーをしてくれているのに、その期待に応えられない、次の作品に繋がる芝居ができない。そのアンバランスさが本当に情けなくて、悔しかったんです。
順風満帆に見えて、その実、人知れず俳優業では大きな挫折を味わっていた栁俊太郎。当時、彼の心の中で渦巻いていた苦い思いも率直に吐露する。
栁 ファッションの世界で実力を発揮している方たちと一緒に仕事をする中で、どこか自分も大きくなった気になっていたのだと思います。今だからこそ言えますけど、自分より先に売れていく同世代の役者たちを横目に「そんな(カッコ悪い)服着てるくせになんだよ」なんて思ったりしていました。今思えば、本当に幼かったし、心が荒んでいましたね。拗ねるヒマがあるなら、もっと演技の勉強を必死にやるべきだったのに、間違ったベクトルで自分を大きくみせようと頑張っちゃってたんですね。その後ずいぶん経ってから、「もっと誠実に仕事と向き合わなければ、自分は終わる」と気づけたとき、ようやく、他の同世代の役者と比べても自分は芝居が圧倒的に未熟であることにも気づいて、愕然としたんです。
それでも栁の心が完全に壊れなかったのは、「メンズノンノという場所があったから」なのだという。
栁 役者の現場で悪戦苦闘する中、メンズノンノの撮影では常に被写体として認めてもらえている感覚を取り戻すことができる。それが、当時の僕のメンタル的にはすごく大きかったんです。そういう意味では、役者としての厳しい修行時代を乗り越えられたのはメンズノンノでの仕事があったおかげですし、この「役者」と「モデル」のバランスだけは崩さないよう自分の中で大切にしていたからこそ、12年も続けられたのだと思っています。
(後編に続く)

PROFILE
1991年5月16日生まれ。宮城県出身。2009年に第24回メンズノンノモデルオーディションにてプランプリを受賞。2012年に俳優デビュー。以降、2021年まで、俳優業と並行しながら12年間メンズノンノモデルとして誌面に登場し、ファッションの本場であるパリコレクション、ミラノコレクションでも活躍。2020年公開のNetflix『今際の国のアリス』で印象的な役柄を演じたのを皮切りに俳優としても深みを増し、2022年は10本以上の作品に出演。現在、日本テレビで放送中(毎週水曜22時〜)のドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』に出演中。3月13日からは映画『ゴールデンカムイ 網走監獄襲撃編』が公開される。
記事が続きます
後編(2月6日21時公開)に続きます
![[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント](https://yomitai.jp/wp-content/themes/yomitai/common/images/content-social-title.png?v2)
















