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栁俊太郎 モデルと俳優の”二刀流”で心が荒んだ時期もありました 【実録・メンズノンノモデル 第3回 前編】

1986年5月9日に、女性ファッション誌『non-no』の男性版として創刊した『MEN’S NON-NO』。阿部寛さんなど俳優やアーティストを数多く輩出してきた同誌の創刊40年を記念して、本連載では、かつて専属モデルとして誌面に登場し、その後、様々なフィールドへと羽ばたいていった「メンズノンノモデル」たちの“現在”の姿と声をお届けしていく。常識にとらわれず、大きな変化をも恐れない彼らのしなやかな生き方から、先を見通しづらい現代を”自分らしく”生き抜くヒントを受け取ってほしい。

第3回は栁俊太郎さん。2009年から2021年までおよそ12年にわたりメンズノンノの“顔”として誌面に登場しながら俳優としての道も切り拓き、役者一本となってからはさらにその表現力に磨きをかけながら数々の映画、ドラマで印象的な役柄を演じている。そんな彼だが、実はメンズノンノモデル時代はクールな表情の裏で人知れず様々な葛藤を抱えていた。前編ではそこにまつわるエピソードを語ってもらった。

取材・文/徳原 海  撮影/山田 陽

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19歳の時、人生の転機となった“ある人物”との出会い

 抜群の“憑依力”でどんな個性的なキャラクターであっても完璧に演じきる。それがよく言われる「カメレオン俳優」の定義だとすれば、栁俊太郎は間違いなくその系譜に名を連ねる役者の一人だ。シリアスからコミカル、そしてときに狂気をまとった強烈な人物像まで、振り幅はまさに変幻自在。そんな彼がメンズノンノモデルとして活動したのは2009年から2021年にかけての12年間。雑誌が歩んできた40年のうち、実に1/3に近い期間、誌面に登場し続けていたわけだから、まぎれもなくメンズノンノの歴史に欠かせない男だが、オーディション応募のきっかけはひょんなことだった。

栁俊太郎(以下、栁) 姉ちゃんが昔からメンズノンノのファンで。実家がコンビニだったこともあって雑誌そのものが身近な存在でした。それで姉ちゃんが『あんた身長あるんだし応募してみようよ』と言うので、高校の頃によくあるような姉弟のノリで写真を撮って応募したんです。まさかそのときは、12年もお世話になるなんて思ってもみなかったですね(笑)。

 地元・仙台の強豪校でバレーボールに情熱を注いでいたまっすぐな18歳の高校生活は、メンズノンノモデルオーディションでのグランプリ受賞を機に一変。仙台と東京を行き来しながらの多忙なモデルライフが始まると、内に秘めていた感性が一気に開花した。

 (メンズノンノモデルとしての活動は)進路も将来やりたいこともまだ決まっていない中、すべての出来事が自分の心に刺さっていました。先入観なくなんでも吸収できる、いわば人生で最も柔軟な時期でもあったので、ユニークなクリエイターの方々と会って、一緒に時間を過ごすことが、ただただ刺激的でした。高校を卒業してからも、しばらくは「撮影って楽しいな」ということくらいしか考えていなかったです。

第24回メンズノンノモデルオーディションのグランプリ受賞が発表された2009年10月号。誌面初登場にしてすでに、あどけない表情の裏にシャープな雰囲気をのぞかせていた(撮影:田淵佳恵)
第24回メンズノンノモデルオーディションのグランプリ受賞が発表された2009年10月号。誌面初登場にしてすでに、あどけない表情の裏にシャープな雰囲気をのぞかせていた(撮影:田淵佳恵)

「モデル・栁俊太郎」の名が多方面に知れわたるのに、それほど時間はかからなかった。彼が登場し始めた頃のメンズノンノは、ハーフモデル人気が全盛期を迎えており、誌面のメインとなるファッションページに起用されるのは外部エージェンシーに所属するハーフモデルが中心。そんな中、栁は撮影を重ねるたび、どんな服もさらりと着こなすスタイルのよさと持ち前のセンスで、ハーフモデルとはひと味違った存在感を発揮していく。次第に、フォトグラファーやスタイリストからも「栁俊太郎で撮りたい」という希望が増え、人気ファッションブランドからの指名もひっきりなしに届くようになった。

たしかに僕が受けた回のモデルオーディションでも、ハーフの応募者の方が多かった記憶があります。でも、当時はあまりそのことを意識していませんでしたね。むしろ、経験豊かなプロのハーフモデルの先輩たちから、現場で学ばせてもらっているような感覚でした。

モデルとしての経験を積み重ね、自信を深めていくと、必然的に将来もっと大きくなる自分を想像する。いつしか「俳優になりたい」という気持ちが芽生えてきた。

中高生の頃から部活が休みの日はひたすらDVDをレンタルして観ていたくらい、実は映画が大好きで。だから、将来は専門学校に行って裏方の仕事をめざすのもいいかなっていう考えもあったのですが、メンズノンノモデルとしてカメラの前に立つ日々を過ごすうちに、「出るほう」に挑戦してみたいという思いが湧いてきたんです。

 今でこそ、モデルと俳優の“二足のわらじ”はよくあることだが、当時のメンズノンノにはまだ、現役の専属モデルが俳優にチャレンジできる土壌はなく、栁が密かに育んできたその思いを実現するにはまだまだハードルが高かった。そんな折、2010年に“その後”を決定づける出来事があった。俳優・浅野忠信との出会いだ。栁がまだ19歳の頃である。

撮影でたまたま浅野さんと共演させていただいたんです。そのときに会話の中で俳優の仕事に興味があることを伝えたら、浅野さんの所属事務所から「やってみないか」とお誘いをいただいたんです。当時は、専属モデルはその契約期間中に外部の芸能事務所に所属することは基本できなかったのですが、どうしてもチャレンジしたくて、当時の編集長に直接相談させていただいて。すると「浅野さんのところなら…」と、特別にOKしてもらえたんです。

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徳原海

大阪府出身。メンズノンノ編集部でのアルバイト勤務を経て2006年からフリーランスの編集者として活動。メンズノンノ、UOMOなどの雑誌をはじめ、現在は様々なファッションブランドやスポーツブランドの広告ビジュアル制作なども手がける。著書に「パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ」(集英社)、写真と文で綴った欧州フットボール紀行「the Other Side」(ブートレグ出版)など。

Instagram :@kai.tokuhara

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