2025.12.13
超絶学歴主義大企業で自分は通用しないと確信するきっかけとなった〈女傑・ウオッカ〉の思い出【人生競馬場 第5回】
超絶学歴主義大企業で自分は通用しないと確信した瞬間
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このウオッカに、私にはダービー以外にも思い出がある。2008年に泣く子も黙る大企業に就職した私は、4~6月の間、栃木県の刑務所みたいな建物の中で研修生活を送っていた。そこで会社への忠誠心を高めつつ、実際の業務に必要な知識を一気にインプットするのである。そこには全国津々浦々の大学出身の新入社員が集まっていたが、私はやる気がなさすぎため逆に有名人となっていた。それに並ぶほどやる気がなかったのが、慶應卒のSという男である。私は関西出身の京大卒なので、研修所では「西の佐川、東のS」と呼ばれゴミ方面のスターとして活躍(?)していたのだ。
スター二人はすぐに意気投合し、休みだった6月の日曜日に「安田記念観に行こや」と私から誘った。何度も言うがその会社は泣く子も黙る大企業、まだ研修中なのに6月にボーナス60万円が入る予定だったので、Sも「よし、ボーナス五倍にするか」と応じてくれ、二人で新宿のウインズに出かけた。そこには短距離戦で活躍していたスーパーホーネットやスズカフェニックス、海外の短距離GⅠを獲っていた外国馬アルマダなどの強豪がひしめいていたが、ウオッカは直線に入ると異次元のスピードを見せつけ、後ろが団子状態になる中で二着アルマダに三馬身半の差をつけて圧勝したのである。私もSも、「これはモノが違いすぎるな」と唸った。その時のウオッカの圧勝ぶりは本当に目に焼き付くほど鮮烈なもので、あの人生が(というか精神が)不安定だった時期に新宿のウインズで観たという特殊な状況も相まって、いまだに強く私の記憶に残っているのである。
それに、私がその日のことをよく覚えているのには他にも理由がある。馬券も外してトボトボ帰る道すがら、私は競馬の話もそこそこに「しかし、こんな仕事やっていけるんかなあ」とSに語りかけた。私はSが「そうだな、一緒に研修所脱走しようぜ」などと軽口を叩いてくれるものと思っていたのだが、Sは照れくさそうに「俺は一応、この仕事でやりたいことがあってさ」とドリームを語り出した。そのドリームは詳述しないが、確かにこの会社でなければ成しえないことであり、しかもこの会社の新たな海外展開を推進するものだったのである。
私はウオッカの衝撃に加えてSの高い志の衝撃まで受け、もうかなりピヨった状態で研修所の自室まで帰った(ちなみに研修所は見た目は灰色の刑務所みたいなところだったが一人一人に立派な部屋が与えられており、食堂の飯もめちゃんこうまかった)。そして自室に持ち込んでいた福本伸行の『最強伝説黒沢』1、2巻を読み、それから三島由紀夫の『金閣寺』を読みまくった。その研修所でダメな方に目立つヤバイ同期は二百三十四名中の十数名ぐらいいたものの、そのツートップは明らかに私とSだった。しかしSは、実はヤバくなかった。なんというかもう、まったく牙を見せていない状態のシティーハンターの冴羽獠みたいな感じのやつだったのだ。私はあのウオッカの安田記念の日、完全にこの同期全員の中で最下位になったと思った。その会社は泣く子も黙る超絶学歴主義大企業で(表向きにはもちろんそんなことは言っていないが)、同期の最低学歴はぎりぎりMARCH関関同立、大多数が旧帝や早慶で占められており、まあ学歴的にはすごいやつが揃っていたものの、京大出身の俺様ちゃんにしてみれば──学歴面だけで言えば──デコピン一発で倒せるやつらがほとんどだった。実際、研修中に何度かやらされた筆記試験の順位が悪かったわけでもなく、数字で見える成績的にはもっとひどいやつがたくさんいた。
しかし、この会社で自分は通用しないということが、ペーパーの点数だけでは計れない部分でクソミソにやられるということが、はっきりわかっていたのである。「西の佐川、東のS」と言って笑っていた同期たちは、おそらく本気で私をゴミだと思っていたわけではなく、一つのネタとして消費していただけだっただろう(と思う)。しかし、私にはそれがネタで済まないということがわかっていた。あの『鬼滅の刃』で鬼舞辻無惨が「太陽に当たれば死ぬ」と鬼になった瞬間から全身で理解していたように、私はその会社の業務=太陽に直面すれば死ぬ、ということを研修で直観したのだ。
2008年6月8日、ウオッカの安田記念制覇とともに、私の心強かったはずの相棒は姿を変えてしまい──つまりめっちゃ頼りになる時の冴羽獠(もちろん、私にとっては「頼りになる」というのはマイナスの意味である)に見えるようになってしまい──私は一人ぼっちになった。そして同じ年、ウオッカが天皇賞(秋)でライバルのダイワスカーレットを激闘の末に破った頃、私は予想通り向かない業務や新人の雑事に疲弊するばかりの日々を過ごしていた。「やめよっかな」と思った。ウオッカがジャパンカップでスクリーンヒーローの三着に善戦した頃、直属の上司に「やめよっかな」と伝えた。上司は私を飲みに連れて行ってくれたり、そのまま家に泊めてくれたり、「ええか、仕事っちゅうのはな」とタメになる話を優しく聞かせてくれたりした。さらにその上の超偉い上司には某所のスタバに呼び出され、「判断が早い!」と諭された。
しかし翌2009年、ウオッカが再び安田記念に出走し、ディープスカイやカンパニー、スーパーホーネットやアルマダといった強豪との戦いに挑んだ時、私の姿は会社から完全に消えていた。当時私は一人暮らしのクソアパートから京都競馬場へ向かい、ローレルゲレイロという馬を軸に買った安田記念の三連複をポケットに突っ込み、少しでも儲けが出ないか、少しでもこの人生に良いことが起きないかと祈っていた。正直ウオッカが強いことはわかっていたが、ウオッカはヒモ、つまり三着以内の候補にも入れていなかった。私はどうしてもウオッカを買いたくなかったのだ。それは研修仲間だった慶応のSに突然何馬身もの差をつけられたあの日のことを否が応にも思い出し、彼とウオッカを重ねてしまうからだった。レースは直線に入り、ウオッカはやや位置取りが悪かったものの前が空いた途端にやはり末脚の違いを見せ、前を走るディープスカイを捕らえて見事連覇を達成。私のローレルゲレイロは15着だった。
次回連載第6回は1/10(土)公開予定です。
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あまりの面白さに一気読み!
受験生も、かつて受験生だった人も、
みんな読むべき異形の青春記。
——森見登美彦(京大卒小説家)
最高でした。
第15章で〈非リア王〉遠藤が現役で京大を落ちた時、
思わず「ヨッシャ!」ってなりました。
——小川哲(小説家・東大卒)
ものすごくキモくて、ありえないほど懐かしい。
——ベテランち(東大医学部YouTuber)
なぜ我々は〈学歴〉に囚われるのか?
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