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超絶学歴主義大企業で自分は通用しないと確信するきっかけとなった〈女傑・ウオッカ〉の思い出【人生競馬場 第5回】

ノンフィクション『学歴狂の詩』が続々重版・各界絶賛の佐川恭一による競馬エッセイ連載!

前回は、〈天才少年〉と呼ばれたバブルガムフェローについて紹介しました。
今回は、「女傑」と呼ばれ牡馬を震え上がらせたウオッカについてのエピソードです。
イラスト/伊藤健介
イラスト/伊藤健介

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オトンの黒いアルファードで「時代の変化」を目撃

 前回は私がいかにバブルガムフェローを応援していたかを紹介したが、その際、天皇賞(秋)でバブルに立ちはだかったのは牝馬のエアグルーヴだった。エアグルーヴは現役時「女傑」と呼ばれ牡馬を震え上がらせていたわけだが、近年の競馬を見るとどうだろう。はっきり言ってかつてのような牡馬と牝馬の差はなく、あの日本競馬史上最高傑作の一頭と言われるアーモンドアイも牝馬である。牝馬ヒシアマゾンが有馬記念でナリタブライアンの二着に来た時も「女傑」と呼ばれたが、もうそんな言葉はほとんど意味を失い、いちいち使われなくなってきている。細かい話をすると牝馬には発情期があって、その時期とレースが重なると力が発揮できないとか、そもそも身体が大きくなりにくいとかいう牡馬にはない欠点があったため、馬主が買い控えていた時期もあったらしいが、近年の競走馬の肉体面・精神面の管理方法の劇的な進歩により、そういった不利もかなり軽減されてきているようである。

 個人的に、日本で最後に「女傑」と呼ばれていた記憶があるのは、おそらくみなさま名前ぐらいはご存知であろうウオッカである。ウオッカが登場するまで、東京優駿(日本ダービー)を獲った牝馬は二頭(ヒサトモ、クリフジ)しかいなかったし、それも両方戦前の話である。2007年、ウオッカが日本ダービーに出ると聞いた時、ぎりぎり大学生だった私は「調子こいとんな」と思っていた。拙著『学歴狂の詩』にも登場した極限坊主・野々宮も競馬好きだったため、スポーツ新聞をバンバン叩きながら「これは調子こいとる」と私に同調していた。一応言い訳するとそれも仕方のないことで、当時のウオッカは二歳馬として阪神ジュベナイルフィリーズ(GⅠ)をレコード勝ちはしていたものの、牝馬限定の桜花賞(GⅠ・クラシックレース)でダイワスカーレットの二着に負けていたのである。もちろん今でこそダイワスカーレットが歴史に残る名馬だったということがわかっているが、その時の私は(というか大勢の競馬ファンは)普通の桜花賞馬だと思っており、「桜花賞負けてるヤツが何ダービー出てきてんねん!!」という感じだった。

「ワシはウオッカにも十分可能性があると思っとった!」と言っているそこのあなた、当時のことを本当にしっかり思い出してほしい。確かにウオッカはもともとダービーを目標に据えてはいたが、それは桜花賞を勝つという前提の話。ダイワスカーレットに負けて「牝馬では敵なし!」という感じではなくなっていたウオッカのダービー参戦には、厳しい声の方が圧倒的に多かったはずである。

 牝馬のダービー出走自体96年のビワハイジ以来11年ぶり、そのビワハイジは阪神三歳牝馬ステークス(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)でエアグルーヴを抑えて優勝していたものの桜花賞15着、ダービーは記念出走みたいな感じになって結局13着に終わっていた(ただし、繁殖牝馬としてはスペシャルウィークとの配合であのGⅠ6勝馬ブエナビスタを輩出している)。ダイイチルビーやシンコウラブリイ、そしてナリタブライアンを抑えて高松宮記念を勝ったフラワーパークなど短距離GⅠ(1200~1600メートル)で結果を出す牝馬は出ていたが、中距離の、しかも同年代最高峰が集まるダービーは牝馬にゃキツいっしょ、というのが大方の世論だったのだ。

 日本ダービー当日、一番人気は皐月賞三着のフサイチホウオー、二番人気は皐月賞馬のヴィクトリー。ウオッカは三番人気に推されていたが、私は話題先行の過剰人気だと考えていた。そのダービーの日、私は何かの用事でオトンの黒いアルファードにオカンと三人で乗っていたことを覚えている。オトンも私に図らずもダビスタを布教してしまった競馬バカなので、「そういや今日はダービーか」などと白々しく言って、発走時間が近くなると国道沿いのどっかのコンビニのバカ広い駐車場に停め、車についているテレビをつけた(誰でも知っているかもしれないが、小学生時代の私のような幼き読者のために説明しておくと、運転席横のテレビは運転中はドライバーの注意が散って事故らないよう画面が写らなくなっており、サイドブレーキを引くと画面が写るようになる)。競馬に全然興味のないオカンはうんざりしていたが、私もウオッカがどう惨敗するのかは気になっていたため、不本意ながらオトンと二人で小さな画面に向けて顔を寄せ合うこととなった。当然オトンも私より古い人間なので「ウオッカは厳しい」という見解は一致していた。別に特にウオッカを観たかったわけではなく、私もオトンも、日本ダービーと有馬記念だけはリアタイしないと気が済まない人間だったのである。

 そして結果はご存知のとおり(かどうかわからないが)、フルゲート18頭のうち17頭もの牡馬をウオッカが豪快に蹴散らして優勝。二着のアサクサパンドラは三馬身もちぎられ、なんと64年ぶりの牝馬による日本ダービー制覇となったのである。「ハァ!?」と私は言った。オトンは何も言っていなかったが、「ハァ!?」と思っていたに違いない。これは、と私は思った。

「時代が変わる……!」

 ウオッカは桜花賞トライアルのチューリップ賞でなんとかダイワスカーレットを抑えたが桜花賞では惜敗した馬である。つまりダイワスカーレットはウオッカに比肩する力を持った牝馬なのだ。したがってウオッカが日本ダービーをスカ勝ちするということは、ダイワスカーレットだって条件が整えばGⅠで牡馬をぶっ潰す可能性は十分にある……もう短距離以外のGⅠでも、簡単に牝馬を無視することはできなくなったのではないか?

 私の予感は現実のものとなり、ウオッカとダイワスカーレットは牡馬とか牝馬とかそんなことは関係のない次元でライバル関係を築き、GⅠで活躍しまくった。ウオッカは阪神ジュベナイルフィリーズ、日本ダービーに加えて安田記念(2勝)、天皇賞(秋)、ヴィクトリアマイル、ジャパンカップを勝ち、ダイワスカーレットは桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯と有馬記念を獲り、天皇賞(秋)、有馬記念でもそれぞれ2着に入っている(ちなみにその天皇賞(秋)の覇者はハナ差でウオッカである)。私が──というかおそらく結構な数の大人が──信仰していた「2000メートル超えのGⅠでは牝馬は切れ」教には、私の感覚でいえば、このウオッカとダイワスカーレットによって解散命令が下されたのである。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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