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「非公開の店」その2 〜伝説の店「メッシタ」のあの人が料理する名前すら謎のイタリア料理店〜

「綾子さんに聞けば間違いない!」――美味なレストランも気の利いた手土産もとびきりのお取り寄せも、おいしいものには死ぬほどうるさいギョーカイのみんなが頼りにするのが、フードパブリシスト高橋綾子のグルメ手帖。誰もがうなる美味の数々を惜しげもなく公開します!

2019年の幕開けを飾るのは最も謎めいた名店です。

2018年の締めくくりにご紹介した「福しま」のさらに上をいく、なかなかたどり着けないお店です。
「またかよ! 行けない店を掲載するんじゃね〜よ」というお叱りの声も聞こえそうですが、ここも絶対に外せないお店なので悪しからずご容赦くださいませ。

住所非公開、電話番号非公開、看板も名前もない、行った人は誰も場所を特定できるようなことはしない、これじゃ、さすがの食べログもお手上げです。

それなのに連日満席、予約困難、行ったことがあると言えば100%羨ましいと言われるでしょう。
店名がないのでみなさん思い思いの呼び方をされているようですね。
「鈴木家」がいちばん多いのかな、私は「鈴木さんち」と呼んでいます。

ここまで書けばわかったでしょう。
そう、食いしん坊たちの伝説の店「メッシタ」を作った鈴木美樹さんの新しいお店です。と言ってもオープンしてもう1年半が経ちますが。

イタリア語で酒場という意味の「メッシタ」が閉まると聞いた時のショックたるや……そんな人たちで朝まで大賑わいだった最終日。

それから新しいお店がオープンするまで今か今かと待ち望んでいたのを覚えています。

私が最初に訪れたのは2017年7月の午後でした。
天窓から太陽の光が差し込み、壁には大きなアートが描かれ、小学校の体育館にあるようなレトロで大きな時計……モダンなのにとっても居心地が良さげで気持ちがあったかくなる空間にハートをがっしり鷲掴みされ、もうイチコロでした。

美樹ちゃん直筆のメニューは黒板から厚紙に変わり、「メッシタ」では食べたことがないものも多かったな。
「クロスティーニ」もそのひとつですが、お初にして殿堂入り決定!

私が特に好きなのがこの「ストラッチャテッラチーズとオリーブオイルと魚醤のクロスティーニ」です。

殿堂入り!「ストラッチャテッラチーズとオリーブオイルと魚醤のクロスティーニ」
殿堂入り!「ストラッチャテッラチーズとオリーブオイルと魚醤のクロスティーニ」

フレッシュチーズの「ブッラータ」はモッツァレラの中に生クリームとほぐしたチーズを混ぜた「ストラッチャテッラ」を入れてあります。その「ストラッチャテッラ」にオリーブオイルと魚醤をかけたもので、フィレンツェの「ino」という、“素材にこだわる、パンにこだわる、組み合わせにこだわる”パニーノ屋さんで食べたそう。

もうね、衝撃的なおいしさです。

とってもクリーミーでピュアな味のチーズにオリーブオイルのピチピチした香りとコク、魚醤でしか味わえない塩気、パリッとした表面ともちっとした食感のカンパーニュ、神業のような組み合わせです。

ふわふわホクホク「カリフラワーのインパナート」
ふわふわホクホク「カリフラワーのインパナート」

「カリフラワーのインパナート」は美樹ちゃんがプーリアでの修業時代に食べたもの。ただしパン粉をつけず卵と小麦粉のみ。

だから食べると軽い。冬に断然おいしいカリフラワー、甘みがあって花の部分はホクホクしている。揚げものというより焼き物と言った方が良いかもくらい、ふわふわでホクホクです。

ホカホカあつあつ、パスタはシチリア方式、小鍋で作る
ホカホカあつあつ、パスタはシチリア方式、小鍋で作る

美樹ちゃんの作るパスタはホカホカあつあつ、いつまでも湯気がたっているのです。

どうしてなの?と訊くと「シチリア方式です。深い小鍋で作ってるから」と。

「パスタに火をかけると水分が飛び、油だけが残ります。フライパンで作るともっと油が残るはずです。それは重いってことです。パスタはソースを和えることが目的であって炒めるわけじゃないので。何が大事かってバランスです」と。

目からウロコが落ちた。フライパンを使わないのか。

「メッシタ」時代の逸品が変化を遂げ「鶏バターレモン」に
「メッシタ」時代の逸品が変化を遂げ「鶏バターレモン」に

「メッシタ」でも頼まずにはいられなかった「鶏バター」は、「鈴木さんち」に移転して「鶏バターレモン」になった。
ベースはフィレンツェの「トラットリア ソスタンッツァの鶏バター」にレモンを加えた80年代の組み合わせ。
レモンの酸味とバターのコクを纏った鶏肉はつやっつやでふっくらとしてジューシー。本当に鶏肉なの?って思います。

別のお店でこの料理を食べるのですが何かが違う。
正解はないけれど私は美樹ちゃんのがいちばん好きです。

ご覧の通り、どの料理も極めてシンプルだし特別な調味料を使っているわけではない。でも毎日食べたくなる。魔法の粉でも入っているのかしらと思うくらい。

「私の食べたリアルを伝えています」と言うように料理はすべて美樹ちゃんがイタリアで食べてきたもの。だから野菜もできるだけ輸入のものを使っているそう。

「基本、自分が楽しくなければ」。その言葉通りに美樹ちゃんの料理は作られる
「基本、自分が楽しくなければ」。その言葉通りに美樹ちゃんの料理は作られる

美樹ちゃんの料理人生は19歳の時に友人の父親の経営するイタリア料理店でのアルバイトがきっかけ。ここから美樹ちゃんの人生において切っても切れない2つの出逢いがある。

それは「イタリア」と「澤口知之氏」。澤口さんは美樹ちゃんが日本で働きたいと思った唯一のお店のシェフで生涯の師匠となった人です。食業界で“レジェンド”と呼ばれるほどの凄腕のシェフでしたが、弟子には超が100個つくくらい厳しく、オープンキッチンにも関わらず怒鳴り声はもちろん、調理器具までもが飛んでいました。

怒られるのは自分ができていないからだ、と澤口さんの元で修業し、限界がくるとイタリアへ勉強しに行く。
美樹ちゃんの料理人生はその繰り返しだったそうです。澤口さんとイタリアは美樹ちゃんの料理の源、今でも年に2回はイタリアに行っておいしい料理を引っさげて帰ってくる。そして私たちを口福にしてくれるのです。

人生の中で出逢った人、事、物だけでなく、生まれもった性格も含めてすべてに意味がある、無駄なことなどひとつもないと言う。自分がやりたい料理を出すという姿勢は常に変わらない。美樹ちゃんがずっと言い続けているのは「基本、自分が楽しくなければ」。その言葉通りに作られる料理を食べれば、満面の笑みと「おいしいっ!」「うまいっ!」という声。

2018年の12月からは「アラカルト」から「おまかせ」スタイルに。

なんで?と訊くと「この組み合わせよりこっちの方がもっとおいしく食べてもらえるのに、と思うことが多くて、でも私が勧めると“圧”がかかるから(笑)。だったら任せてもらった方が良いかなと思ったんですよね」と。

おまかせの方がラク?と訊くと「逆に大変です。その人の好みとか前回食べたものとかを考えて構成するのでそれぞれ違うものになるから」と。

美樹ちゃん、あなたはなぜ自ら茨の道へ進むのか! その答えは“おいしいがあるから”なんでしょうね。

生まれ変わったら?の問いに「イタリア料理人」と答える潔さ

今いちばんやりたいことは?
「難しいなぁ〜、(しばし考える)結婚! いや、結婚じゃなくて尽くしたい」。

お、意外なお言葉。でもちょっとわかる。
すべてのことは自分で決断して、辛いことは自分で乗り越えて、休日の過ごし方も自分次第の生活をしていると、考えるのは自分のことだけ(家族は除く)。だから誰かのことを考えたりしたいんだよね。

生まれ変わったら?
「イタリア料理人」
即答!
これだけ辛いことを経験しているのにまた同じ職業を選ぶのか。
「だって良い仕事ですよ。自分の作ったものを目の前で評価してもらえる。毎日がオリンピックですよ。最高ですよ」、ですって。

美樹ちゃんにとって料理とは?
「生きる術」

美樹ちゃん、かっこいいな。
これだけスパッと言い切れる生き方。自分の人生は自分で決める。
そんな美樹ちゃんの料理が大好きです!

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新刊紹介

高橋綾子

たかはし・あやこ●フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレス時代から培った〝食″へのこだわりは、舌の肥えた業界人も頼りにするレベルの高さ。年間1000を超えるという外食の日々が築き上げたおいしいもの好きが嵩じて、ついに2018年2月に東京・下北沢にてレストラン「üchï(うち)」をオープン。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。
Facebook→https://www.facebook.com/ayako.takahashi.1671

uchi→http://uchi.tokyo/

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