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誰もが宇宙を目指せる時代へ。スタートアップで宇宙の門戸を開く【若田光一さん×佐々木亮さん特別対談/前編 】

有人宇宙飛行の門戸を開く

佐々木 若田さんは、2024年3月でJAXAを退職され、アメリカのスタートアップ企業Axiom Spaceに転職されました。 Axiom Spaceとは、どんな会社ですか? 前職との違いを感じることはありますか?

若田 Axiom Spaceは、ISSの後継を担う初の商業宇宙ステーション「Axiom Station」の構築や、月面に降り立つ宇宙飛行士たちが着る船外活動宇宙服の開発などを手がけています。さらに、SpaceXのクルードラゴン宇宙船を使用して、民間人やISSに参画していない国の宇宙飛行士をISSに滞在させる有人宇宙飛行ミッションをこれまでに4回成功させました。
やはり民間企業ならではのスピード感はありますし、そしてときには厳しさも感じています(笑)。 

Axiom Stationのイメージ 写真提供:Axiom Space
Axiom Stationのイメージ 写真提供:Axiom Space

佐々木 なぜ転職を決断されたのでしょうか。

若田 JAXAの宇宙飛行士として、これまでに5回宇宙に行く機会をいただきました。アメリカのスペースシャトル、ロシアのソユーズ、SpaceXのクルードラゴン宇宙船、ISSの4種の宇宙船に搭乗しミッションを遂行できたことは、貴重な経験です。
この経験を生かして自分が今、何ができるのか。そう考えたときに、まず有人宇宙飛行の現場での仕事をとことん追求し、民間主導による有人宇宙活動の仕事を通して、世界中のより多くの国の方々が宇宙を利用できる機会を拡大する。そしてそれが究極的に月・火星を含む、持続的な有人宇宙活動の発展に寄与できるという思いに繋がりました。
現役宇宙飛行士の経験をこれまでの国の宇宙機関の宇宙飛行士とはまた異なる形で活かせる職場としてAxiom Space社への転職を決めました。

JAXAの退職記者会見の様子 撮影:井上榛香
JAXAの退職記者会見の様子 撮影:井上榛香

若田 近年は月探査への注目が集まっていますが、月は地球から約38万km離れていて、依然として遠い場所です。
ここまで物資を運ぶためには、ISSがある「地球低軌道」と呼ばれる上空約400km付近の場合と比べて一桁上の費用がかかると見込まれています。つまり、有人宇宙飛行を持続的に発展させていくためには、地球低軌道の更なる有効活用がカギとなる。
ISSは2030年に退役することが決まっており、これを見据えてNASAやJAXAが主導するのではなく、民間企業が中心となり、新たな商業宇宙ステーションを開発し運用していく方向に向かっています。こうした民間企業による取り組みこそ、各国政府が主導する月や火星探査を含むこれからの有人宇宙飛行活動の持続的且つ効率的な発展に寄与できると思います。

Axiom Spaceに在籍しているNASA出身の宇宙飛行士たちは、1992年のNASA宇宙飛行士候補者訓練クラスの同級生で2000年のISS建設飛行でも一緒に搭乗した同僚や、NASA宇宙飛行士室のISS運用部門チーフを担当していた際に、私の上司である宇宙飛行士室長としてお世話になった方の2名がいます。長い間一緒に仕事をさせてもらい、互いに強い信頼関係を構築させてもらってきた気の知れた仲間です。
Axiom Space入社前から彼らの民間企業での仕事の内容やそれぞれの意見を聞いていく中で、民間による地球低軌道での有人飛行活動の推進が重要だと実感しました。

佐々木 宇宙での実務経験を持っていらっしゃるのは、唯一無二の強みですね。Axiom Spaceの有人宇宙飛行ミッションの狙いは何ですか。

若田 Axiom Station建設開始後の宇宙ステーション運用を円滑に進めるための準備としての位置づけです。
宇宙ステーションが完成しても、地上にいる管制官の訓練や宇宙での科学実験の手順書を作成したりなど、宇宙ステーションの能力を最大限に生かして功利的に運用成果を創出できる状態にしていくまでには時間がかかってしまいます。

Axiom Space社では今、ISSへの民間有人飛行を通して、宇宙環境利用の成果を創出するだけでなく、チームとしての運用経験を積み、2027年以降にモジュールの打上げが始まるAxiom Stationが、軌道上に打ち上げられたその日から効率的に運用できるように準備を進めているわけです。
また、Axiom Spaceの有人宇宙飛行ミッションでは、ISSの日本実験棟「きぼう」を使用する場合もあるため、日本の民間企業である有人宇宙システム株式会社と契約して、「きぼう」関連の宇宙飛行士訓練も行います。
米国の民間企業であるAxiom Space社と日本の有人宇宙システム株式会社との連携は、今後の有人宇宙活動の推進に向けた日本にとってのビジネスチャンスにも繋がります。

これまでのAxiom SpaceのISSへの有人宇宙飛行ミッションでは、サウジアラビア初の女性宇宙飛行士や、トルコ初の宇宙飛行士の宇宙飛行とISS滞在も実現させました。Axiom Spaceの有人宇宙活動への取り組みは、ISS参加国以外の国の宇宙飛行士たちにも宇宙への門戸を開くことにつながっていると思います。
 
佐々木 若田さんはNASAの協力のもと訓練を受けて、宇宙行きの切符を手に入れたわけですが、今は多くの国に宇宙への門戸を開く側の立場になったということですね。ご自身も、Axiom Spaceの宇宙飛行士として、再び宇宙飛行する可能性はあるのでしょうか。
 
若田 そうですね。宇宙飛行ができるかどうかはまだわかりませんが、宇宙飛行士としての資質維持訓練や体力訓練も継続し、宇宙飛行に向けた準備も進めています。 

後編につづく

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新刊紹介

若田光一

わかた・こういち
2024年3月にJAXAを退職し、同4月にAxiom Spaceへ入社。現在はAxiom Space宇宙飛行士、アジア太平洋地域最高技術責任者を務める。スペースシャトル、ソユーズ、クルードラゴン、国際宇宙ステーション(ISS)の4種類の宇宙船で、日本人最多の5回の宇宙飛行を実施したキャリアを持つ。

X:@Astro_Wakata

佐々木亮

ささき・りょう
理学博士。独立行政法人理化学研究所、NASAの研究員として研究に携わり、その経験と知見を生かし、ポッドキャスト「佐々木亮の宇宙ばなし」を毎日配信している。旬の宇宙トピックスを親しみやすく解説する内容で注目を集め、Apple Podcast日本ランキング3位を達成。第3回Japan Podcast Awardsも受賞する。現在はデータサイエンティスト、中央大学講師として活動している。
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X @_ryo_astro  

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