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生き延びていくために日記を書き続ける──言葉の力あふれるZINEはこうして生まれた【中島とう子さんインタビュー】

いまSNSで一人の女性の日記をまとめたZINE『這々の体で、愛について』が注目を集めています。
今回、その著者である中島とう子さんに、作家の山下素童さんがインタビューを行いました。

取材・構成・撮影/山下素童
(なかじま・とうこ)1987年静岡県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中から文筆活動を始める。SNSネームおよびあだ名は「ファザ子」。
(なかじま・とうこ)1987年静岡県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。在学中から文筆活動を始める。SNSネームおよびあだ名は「ファザ子」。

文学フリマで日記本が流行している。日記本とは、文字通り日記を本にしたもので、他人の人生を気軽に覗き込めるような面白さがあるものだが、この春の文学フリマで、とんでもない日記本を見つけた。

中島とう子さんという、37歳の女性の日記だ。タイトルは『這々の体で、愛について』。

この日記本は、著者の中島さんが誕生日の一週間前に彼氏と昼ご飯を食べている話からはじまるのだが、彼氏から一向に来週の予定を聞かれず痺れを切らした中島さんが「祝ってくれないの?」と自ら切り出すと、「ちょっと待って」とだけ言われ、そのまま話は流れてしまう。そんな態度から彼氏が自分の誕生日を祝う気がないことがわかり、中島さんは別れることを考えはじめる。

そんなどこにでもありそうなエピソードからはじまるこの日記本は、そこからとんでもない日記が続くことになる。

別れた彼氏周りのインスタグラムを監視する日々の話、新しく好きになった男と一回セックスしたあとに「友達になりたい」と言われ長文LINEの連投で問い詰めたときの話、居酒屋で「ババァ」と言ってきた巨人ファンのジジイと怒鳴り合いの喧嘩をしたときの話、オーバードーズをして割れたコップの上に座ってお尻をケガしたときの話、性風俗店で働きはじめたことをマッチングアプリで知り合った男に打ち明けた話、トラウマ治療のカウンセリングで知った想像力の大切さについての話。

これらのエピソードがほんの一年ちょっとの間の出来事ということに驚くのだが、それ以上にとんでもないのは、中島さんの綴る言葉の力だ。一歩間違えればただの不幸自慢になりそうなエピソードのどれもが、人間という生き物が他者との関係性のなかでしか生きられないという普遍的な現実を突きつけてくる。だから読んでる方も他人事ではいられない。体裁としては日記だが、読後感は小説に限りなく近い。

そんな日記を書く中島とう子さんとは一体どんな人物なのか。インタビュー取材をした。

noteに公開した日記たち

──『這々の体で、愛について』は、彼氏が中島さんの誕生日を祝う気がないことに気づいた日の話からはじまりますね。

中島 それまでも日記を書いてはいたんですが、あんまり頻繁に更新できていなくて。でもその日突然、頭の中に言葉が溢れて止まらないみたいな状態になりました。これは今すぐ文章を書かなきゃダメだ、と思い書いた日記です。

──衝動的に書いたということですか?

中島 そうですね。iPhoneのメモ帳に1~2時間くらいでバーって書いて、それをnoteにコピーして公開した日記です。構成を考えたりして文章を書くことが苦手でできないので、スピリチュアルな言い方ですが、日記はいつも”降りてくる”みたいな書き方をしています。

──中島さんは、日記をこれまでずっと書かれていたのでしょうか?

中島 もともと私は20代の頭までは小説家になりたいと思っていて、大学では小説を学ぶコースにいました。卒業後もしばらくは、友達と同人誌を作ったり、新人賞とかにも何度か応募したりしていました。

でも箸にも棒にも引っかからなくて。自分が書きたいものってこれじゃないかもしれないな、みたいな疑問がずっとあったんですよね。私が書くべきこと、私にしか書けないものって何なんだろう、と小説を書いているときはずっと悩んでいました。

──そこからどうして日記を書くように?

中島 自分の日々を題材にしはじめたきっかけは、2012年に作家の雨宮まみさんと出会ったことです。

私は編集者のアシスタント仕事をしていて、取材を通して雨宮まみさんと出会いました。その際、雨宮まみさん初の自伝的エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を頂きました。帰ってからそれを読んで、衝撃を受けました。

──どんな衝撃でしょうか?

中島 こんなに正直に自分のことを書いていいんだ…、と単純に驚いたのもありますが、書き手はものすごく私的な話をしているのに、なぜか自分の話にも読めてくる強固な普遍性があるのが衝撃的でした。あと、赤裸々なのに品があるのも当時の自分には新しい感じがしました。雨宮まみさんの文章を読んだ時、「これは私のことだ」「この痛みは私の痛みだ」と思ったんです。そんな風に思えた読書体験はそれまでなくて。もしかしたら私が書きたいものってフィクションではなくて自分のことかも、って思いはじめたんです。

──そこから実際に日記を書きはじめてみて、どうでしたか?

中島 日記は日々起こる思わぬ出来事をそのまま書けるところが自分に合っていると思いました。生きてると色んなことがあるじゃないですか。友達と笑ってた次の日にオーバードーズして救急車で運ばれたり。その翌週には好きなピアニストのコンサートに行って感動して泣いてたり。私の情緒が不安定だからというのもあるかもしれないけど、日常ってすごく嬉しいことと悲しいことが混ぜこぜの状態で流れてきますよね。それをエッセイみたいに形を整えて出すよりは、そのまま書いて日付順に並べてボーンって出すと、私が生きている手触りのようなものが分かりやすく表現できるのがいいなと思ってます。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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