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「このゲームを自分は体験した」という幸福な記憶──生湯葉シホが読むソーシキ博士『インディーゲーム中毒者の幸福な孤独』

ソーシキ博士の『インディーゲーム中毒者の幸福な孤独』がついに発売されました!
アニメーション作家であり、海外インディーゲームにも造詣の深いソーシキ博士の初めての著書として注目を集めています。

今回、ソーシキ博士のゲーム配信を愛聴していたエッセイストの生湯葉シホさんが、本書の魅力を読み解いてくださいました。

YouTubeチャンネル「なんてことなの。」との出会い

初めてソーシキ博士のゲーム配信を見たのがいつ、どんなきっかけだったのか、いまとなっては思い出せない。たぶん2年か3年前だったと思う。ゲームに関しては海外インディーゲームどころか国内の有名タイトルさえほぼプレイしたことがなかった自分が、ソーシキ博士のYouTubeチャンネル「なんてことなの。」をどのようにして見つけたのかもさっぱりわからない。なんらかの因果で博士のチャンネルがおすすめ欄に表示されたのだとしたら、YouTubeのアルゴリズムの気まぐれさに感謝したい。

最初のころに、本書でも紹介されている「Stilstand」の配信を見た。ゲームの主人公はアパート暮らしの大学生で、コペンハーゲンの夏の暑さに苛立ちを感じながら自堕落な生活を送っている。ゲームをプレイするソーシキ博士は、「コペンハーゲン。クソ女。もう、最悪」という主人公の(あまりに魅力的な)モノローグを何度か読み上げ、グラフィックノベルのページを愛おしそうにめくっていく。モノクロで描かれる主人公の視界の陰鬱さと、彼女の部屋いっぱいに、煙草の煙のように充満する虚無にはいやな既視感がある。

主人公の真後ろにはいつの間にか、表情だけが描き込まれた影のような人物がぬっと立っていて、ときおり主人公に向かって小さく声をかける。「一緒にトランプする?」とか、「外に出てみない?」とか。その影は主人公になんらかの行動を強制的に促そうとはしないものの、主人公があまりに自暴自棄な様子を見せたときは、「そんなふうじゃなくてもいいんだよ」と、彼女の痛みを引き受けるような控えめなやさしさを垣間見せる。

ゲームのなかで、主人公は行くか行かまいか散々迷ったあとで慣れないパーティーに繰り出し、行きがけにすれ違った老人に嫌味を言われ、酒を飲みすぎて嘔吐し、発作的に人恋しくなって、アプリで知り合った脈のない相手に「会えない?」と連絡する。配信画面を見ながら、いち視聴者である私たちは彼女の行動に終始ハラハラさせられるのだけれど、主人公のそういった様子を嘲笑うでもなく、なんらかのジャッジを下すでもなく、「こういう日ね……」とか「やめときなやめときな」とか小さくつぶやきながらゲームを進めていくソーシキ博士の姿勢は、常に主人公の半歩後ろで彼女の様子を見守るあの影にも重なった。

その後も、いくつものゲームの配信を見続けた。理不尽な会社命令に「NO」の文字を(物理的に)突きつけ続ける「Say No! More」、本書でも「祖母を見舞う」の章で紹介されている、大切な人を見舞いに行く心境を追体験できる傑作「hospice」など、強く記憶に残っているゲームはたくさんある。

どれほどくだらなく下品なゲームでも、どれほど切実なテーマを扱ったゲームであっても、ソーシキ博士の配信であれば安心して身を委ねて見ることができた。理不尽な暴力やヘイトの描写があるゲームだとわかれば迷わず途中で配信を切り上げることもあった。あるときはゲームの主人公が抱える孤独や切実さに静かに寄り添い、またあるときはプレイヤーを翻弄してくる馬鹿馬鹿しいしかけやシュールなゲームシステムを軽やかに笑い飛ばす博士の配信は、剥き身の悪意やアテンションを稼ぐための過剰な身振りが当たり前のように溢れかえっているインターネットのなかで異彩を放っていた。

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生湯葉シホ

ライター/エッセイスト。Webを中心にエッセイや小説、インタビュー記事などを執筆している。『大手小町』にてエッセイを連載中のほか、『別冊文藝春秋』にて短編小説「わたしです、聞こえています」掲載。

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