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戦火のウクライナでリリースされた奇怪な経営シミュレーションゲーム【ソーシキ博士『インディーゲーム中毒者の幸福な孤独』 新刊試し読み】

海外インディーゲームを紹介するソーシキ博士の書籍『インディーゲーム中毒者の幸福な孤独』が、12月5日に発売されます! アニメーション作家であり、海外インディーゲームにも造詣の深いソーシキ博士の初めての著書として、発売前から注目を集めています。

今回は書籍に収録されている「戦火の中でリリースされたゲーム」を、試し読みとして公開いたします。
この機会にぜひお読みください。

この記事は著者が2022年4月に執筆し、雑誌「小説すばる」に掲載したものです。最新のウクライナ情勢を書いたものではありませんので、ご注意ください。

2022年2月にリリースされた「クトゥルフパブ」

 2022年2月24日、友人と奥多摩のバンガローに宿泊した帰りに途中下車した駅で蕎麦屋に入った。美味しい天ぷらそばを食べ日本酒を飲み、食後の一休みをしている時にスマホを見た友人が「あ、ロシアが攻撃開始した」とぼそっと口にする。仕事に追われてしばらくニュースもSNSもまともに見ていなかった私はそこで初めてここ数日のロシアとウクライナの緊張状態の高まりを知った。2021年からロシアがウクライナの国境付近に軍を配備していたことも、これまでの両国の関係も何も知らなかった。その時はただ目の前にある空になった天ぷらそばの器と、たった今海の向こうで戦争が始まったという事実が頭の中で嚙み合わず、何もわからないままざわざわと胸が騒いでいく感覚に戸惑うだけだった。

 その夜「クトゥルフパブ」という一本のゲームが早期アクセスで公開された。早期アクセスとはゲームを未完成の状態で販売し、ユーザーからの意見やフィードバックを貰うことができるシステムだ。ゲーム内容はクトゥルフ神話をベースにした世界観の中、店舗にキッチンやテーブルを設置しパブを経営していくというもので、店の規模に合わせてウェイターやシェフを雇い、店内を装飾し、花を植える。一定時間が経過するごとに天変地異のように現れては店を破壊する神の存在に怯えながら、わちゃわちゃと蠢くかわいいモンスター達を眺めるのは忙しくも楽しい。まだバグも多く快適にプレイできるとは言い難いこのゲームが早期にリリースされたのには理由がある。作者の名前はMarginal act。ウクライナの東部、ハルキウに住む彼は24日の朝にロシア軍からの爆撃で目を覚まし、防空壕に身を寄せながら先行きを案じてこの未完成のゲームのリリースに踏み切った。

 私はMarginal actのゲームが大好きだった。お茶を禁止する為に人々から唇を奪った神に反抗するため電車内でお茶を配り歩く「TUTUTUTU – Tea party」など、どのゲームも奇妙な設定を持っていて、特に初期の頃の陰鬱だが幻想的で美しいアートワークは芸術的で異彩を放っていた。2018年に発表された彼の名前と同じ「Marginal act」というタイトルの作品の、様々な角度から描かれたオブジェクトがあくまでも平易に並べられた画面構成には当時自分が探っていた表現が理想的な形で表れており大いに影響を受けた。海外インディーゲームの豊かさを語る時いつもイメージする最も重要な作家の一人であり、彼のゲームを配信で紹介したことをきっかけにDMで少しやり取りをする事もあった。

 そんな彼が戦争に巻き込まれ家を失っているという事実は、友人から戦争が始まったと聞いた時の曖昧な胸騒ぎよりも無知な私に切実な実感として迫った。Twitterでサポートを呼び掛けていた彼にDMして直接送金する方法を聞き、インタビューさせて欲しいと頼むと快諾してくれた。やり取りの中でウクライナの人々は長い間ロシア表記を使っていないと彼に指摘されたのでこの原稿で都市の名前は全てウクライナ表記になっている。以下に記す話は2022年の3月7日から3月9日の間に私が質問し彼が答えてくれたものだ。

 侵攻の始まった朝。爆発の音に飛び起きた彼はすぐに「やばい、ロシアが爆撃している」と思った。スマホを見るとプーチンが宣戦布告をする映像が流れている。大量のアドレナリンが出る中、大急ぎで鞄に荷物を詰める。どこかでこの戦争が始まることを予期していた彼だったが、実際にそんな事が起こるとは信じたくなかった。友人と落ち合い、最初の3日間を防空壕で過ごす。近くに爆弾が落ちてもガラスの破片で怪我しないよう廊下で眠った(キーウ、ハルキウ、クリヴィー・リフ、ドニプロの4つの主要都市の地下鉄は防空壕として作られているという)。

 彼は1993年にハルキウで生まれた。ハルキウよりもロシアの国境に近い村で育ち、美術学校で絵を学ぶ。画家になった彼は2014年に起きたマイダン革命(EU加盟を取り止めロシアとの関係を強めようとする当時の大統領に反発する形で起こった、政府と市民による反政府デモ隊との大規模な衝突)を機にもっと現代的で柔軟な作品を作ろうと思いゲーム制作を始め、今はそれを仕事にしている。「クトゥルフパブ」はNintendo Switchでもリリースしようとしていたが戦争の影響で開発キットが手に入らずその計画は中断した。生まれ育った村はロシアに占領され、ハルキウの主要な行政機関と様々な建物が爆撃された。最初の攻撃から5日後、彼は地下の防空壕に母を残し4人の友人とポーランドに隣接した街リヴィウに向かう決断をする。戦火を逃れる人々で混み合う電車の中でも乗客達は食べ物を分け合い、親切で、その雰囲気は楽しかったという。到着までに28時間かかった。

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ソーシキ博士

アニメーション作家。映像制作チーム「ふりふり組織」のメンバーとして活動するほか、個人でイラストレーションの制作なども手がける。共著に『ゲーマーが本気で薦めるインディーゲーム200選』。

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