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メンズエステの風俗体験レポートで年収1000万円?! 山下素童が読む『そこそこ起業』

「好きなことで、生きていく」の裏側にあるもの

さて、世の中には「そこそこ起業」という言葉があるらしい。

東京都立大学の准教授であり自称・日本一モテない経営学者である高橋勅徳さんによる造語であるのだが、「そこそこ起業」とは、自分が楽しむことを中心にビジネスを構築し、年収1000万円ほどの十分な収入を得て生きていく起業スタイルのことを言うそうだ。マスメディアでよく取り上げられるような、上昇思考たっぷりで、何万人もの社員や取引先や株主への責任を負いながら途方もない金額を稼ぎ出そうとするような起業スタイルとは異なるという意味合いが、「そこそこ起業」という言葉には込められているようだ。

そして高橋さんによれば、「そこそこ起業」で生きている人は、我々の身の回りに案外たくさん存在しているらしい。

自分の好きなことを仕事にして年収1000万円以上を稼ぐなんて、そんなウマい話がそこら辺に転がっているものだろうか…?と、20代の頃の僕だったら確実に疑っていた。しかし30歳を超えた今は、そうは思わなくなった。メンズエステの体験レポートサイトを本業にしてしまった友人Rのように、20代の頃のなんてことない友人が、ひょんなことがきっかけで趣味の延長から年収1000万円以上を稼ぐケースを見かけるようになったからだ。たしかに、自分の好きなことで十分な稼ぎを得て生きている人は、案外そこかしこに存在しているのだろう。

高橋勅徳さんの新著『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか?』では、高橋さんが実際に会って取材をした様々な「そこそこ起業」で生計を立てている人たちの生き様が紹介されている。

登場するのは、ライブハウスが日本一多い沖縄という特異な環境で生きるミュージシャンや、クラブ経営をやめて神戸にマウンテンバイクショップを開業した40歳男性、広告代理店でのデザイナーをやめて同人活動一本で生計を立てている同人作家、事務所からもっとエロ売りするか退所するかの2択を迫られグラビアイドルをやめてフリーのコスプレイヤーに転身した女性、歌舞伎町で飲み歩きながら年収2000万円を稼ぐ謎のおじさん、小説の紹介動画をあげてバズっているTikTokerなどなど。

なかでも面白かったのは、小説の紹介動画をあげているTikTokerに高橋さんが取材をしたときのエピソードだ。

「好きなことを仕事にしてる人の研究をするためには、動画配信で稼いでいる人の取材は絶対にしなければならない!」と一念発起した高橋さん。実際に小説紹介をするTikTokerの方に会って取材を進めるなかで発覚したのは、そのTikTokerの方は別に動画配信でお金を稼いでいるわけではなく、動画配信で培った技術を活かした別の方法で稼ぎを得ながら、趣味の範囲で小説紹介する動画を作っているという現実だった。「動画配信者は自分が好きなことの動画を配信することで稼いでいるはずだ!」という高橋さんが取材前に抱いていた期待は、高橋さんの勝手なロマンに過ぎなかったのだ。動画配信者に過度な期待をしてしまっていたことの反省が文中に綴られているのだが、その自省の念に触れると過去の自分のことを思い出さざるを得なかった。

少しだけ僕の自己紹介をすると、ここ1年間くらい、某YouTuberの裏方仕事をしている。月に数十時間だけ裏方仕事をして時給を頂いているので、「そこそこ起業」ならぬ「そこそこフリーター」状態である。

YouTuberと言えば、2014年にヒカキンやはじめしゃちょー等の人気クリエイターによる「好きなことで、生きていく」というYouTubeキャンペーン動画がバズって以来、好きなことで生きていく職業というイメージが確立された存在だ。そんなYouTuberの裏方仕事を実際にしてみてわかったことは、確かにYouTuberは「好きなことで、生きていく」という価値観で生きているのだが、「好きなことで、生きていく」という状態を維持するために、動画配信以外の経済的基盤の獲得をしたり、メンタルを健康に保つ方法の模索をしたり、好きなことを邪魔されない人間関係の構築に努めたりと、無数の試行錯誤を動画撮影の裏側で日々繰り返しているということだった。

いち視聴者でしかなかった頃は「好きなことして稼いでるなんていいなぁ」と漠然と思いながら眺めていたが、裏方仕事をしてみると、好きなことで生きていく存在であり続けるための様々な方法を磨き続けている人たちという印象に変わった。「好きなことして稼いでるなんていいなぁ」というのは視聴者側の勝手なロマンだということを痛感したのだった。

社会心理学者のエーリッヒ・フロムは、他人のことを愛する能力というのは人間にもともと備わっているものではないから、一目惚れのように一瞬で恋に落ちるロマンチックな愛というのは幻想に過ぎないのであって、他人を愛するには技術が必要なのだと説いた。それと同じ様に、好きなことで生きていくということも、運命めいた力によって成立するロマンチックなものなどでは決してなく、なにかしらの技術が必要とされるものなのだろう。

そしてそれは、動画配信者に限った話でもないようだ。高橋さんの『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか?』を読むと、沖縄のミュージシャンも、マウンテンバイクショップの店主も、同人作家も、フリーのコスプレイヤーも、歌舞伎町で飲んでるだけで2000万を稼ぐ謎のおじさんも、好きなことをしながら生きている人たちは皆、好きなことで生きていく技術を独自に発達させている人たちだということに気づかされる。

   *

読むことによって自らの人生を省みることができる読書はよい読書であると思う。ロマンを打ち砕かれながらも真摯に取材をする高橋さんの姿に読書を通して触れることで、僕も自らの振る舞いを反省したい心持ちになった。メンズエステの体験レポートサイトが本職になった友人Rのことを、滑稽だなんて勝手に決めつけてはいけないと思った。「好きなことで生きてる人はこうあるべきだ」というロマンを僕は彼に押しつけていただけかもしれない。

「最近なにしてんの?」

改めて友人Rのことを知ろうと、久しぶりにLINEを送ってみた。

「最近やっと楽しみができたよ!今この子めちゃ推してるw」

と返事が来たすぐあとに、1つのURLが送られてきた。そのURLをタップして開くと、青色のロングヘアに、青いカラコンをした女の子のTikTokライブ配信がスマホに映し出された。

「私は生粋のエンターテイナーです。絶対にアイドルになるって夢を叶えます。だから応援してくださると嬉しいです。どうか私にチャンスをください」

その女の子が歯並びの綺麗な笑顔を見せながら力強く決意を述べると、手持ちマイクを持って、AKB48の歌を歌いはじめた。しばらくその姿を眺めていると、画面上にロケットが打ち上げられるアニメーションが流れた。

「えーっ!やばいっ!○○さん、いつもありがとうございます!」

歌うのを中断した女の子が、約4万円する高額ギフトであるロケットを投げ銭した視聴者にお礼を述べた。その女の子が口にしたのは、友人Rの名前だった。

いよいよ発売!

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山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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