2024.10.24
中高年だって、夢を見るし恋もする 『さいごの恋』刊行記念 野原広子さん特別インタビュー
自分の世界が好きで、日々を楽しんでいる「おひとりさま」の先輩たち
――主人公西村清美のキャラクター造形について、「眼鏡おかっぱ」スタイルは野原さんの漫画では初のキャラクターです。「年不相応の幼さを出したいと思った」と以前のインタビューでおっしゃっていましたが、「幼さ」を出したかったのはなぜでしょうか。また、教師にした理由はありますか?
以前、自分が言ったことをすっかり忘れているのですが…。
「年不相応の幼さを出したいと思った」というのは、たぶん純粋さを出したかったのかと思います。ある意味、打算のない人。って、いうんでしょうか。
教師にした理由は、先の話に出ましたマッサージのセラピストさんのお話で、普段とてもしっかりした立場やお仕事の方でも涙を流す方もいらっしゃるというお話を伺ったので、教師という設定にしてみました。
また、清美の眼鏡とおかっぱは、高校時代にお世話になった先生をモデルにしています。清美と同様に、不思議と応援したくなる先生でした。
――野原さんはご結婚と離婚を経験されたうえでの「おひとりさま」ですが、清美の日常生活を描くにあたりご自分もしくは周囲の方を参考にした点はどのあたりでしょうか。
自分は数年前に離婚しておひとりさまになったのですが、あらためておひとりさまとして生きてきた先輩方を見ていると、自分の世界が好きで、日々を楽しんでいるなーと感じました。共通して、皆さん明るい方が多いのも印象的でした。
20代、30代だと家庭を持つとか、子供を持つとかに迷いやタイムリミットがあり、「このままでいいのか?」と揺らぐこともあるのかもしれませんが、40代以降になると、経済的な面も、メンタルの部分でも、自立していて、ちゃんとひとりで生きて死ぬことも具体的に準備をしてたりもしていることに感心しました。
取材をしていて感じたのは「ひとりで死ぬのが怖い」などと思っている人は、早々にそばにいてくれる誰かを求めて確保していますよね。
また、今回取材させていただいた中年独身女性も男性も、たまたまなのかもしれませんが、母親との関係が良好というのを感じました。母親が子どもに期待も依存していなくて、そのままの子どもを大事に思っているというんでしょうか。
裏を返せば、鬱陶しい母親であれば、早々に関係を切りたいから自分の家庭や家族を作りたい!と結婚という道を選択するのもあり得ることなのかもしれいなどと、ふと考えました。
――周囲の方々をご覧になったりなどで、日本の独身中高年女性は、何に悩むことが多いと感じますか?
日本の独身中高年女性が悩むこととしたら…。
今の生活が楽しいし、自分の力で生きている自分が好きって思っているのに、世間はそれ本当?って、気に掛けられることなのかもしれないって思います。
しかし清美のように、猫の死など、そばにいたものがいなくなったり、当たり前だと思っていた健康を損なったりしたときに、「これでよかったんだろうか?」とか、「もしも、誰かそばにいてくれたら」という思いが湧いてくることがあるのかとも思います。
ただ、「自分の人生これでよかったのか?」と思ってしまうのは、50歳前後では独身、既婚、子供がいるいないに関わらず、多くの方が思うところではないかと感じています。
中年だって、ピュアに恋に落ちる
――清美は教師として多忙な日々を過ごす中、食事はお惣菜やお弁当ですませていますが、マッサージやヨガなど自身のメンテナンスはしっかりと行っています。
また、経済的自立ばかりでなく、精神的に落ち込んだ場合の気分の立て直し方など、心理的に自立している様子も描かれています。
このあたりに「おひとりさま有職中高年女性」像を投影したのでしょうか。
清美を描くにあたり取材した中年独身の方々に共通していたのが、ポジティブであること、金銭的なことも日常生活においての様々なことも、自分のことはちゃんと自分でできていて自立しているかっこよさでした。
これは私もなんですが、結婚していた時期は特に、相手がなんとかしてくれるだろうとか、やってくれるだろうとか頼ってしまって、いい大人なのに自分でできないこともあったりするんですよね。
誰もいなくてひとりだと、自分でなんとかしなきゃ!するしかないと考えるようになるし行動するようになりますよね。
『さいごの恋』では清美が更年期症状で弱っている姿が多く出てきますが、本来は、清美は自立している自分が好きだし、独身生活も心地がいいと思っていると思います。
――マッチングアプリについてもリアルに描写されています。男性陣が「真剣」であること、プロフィールがしっかりしていること、またプロフィール写真が謎のものが多いなど…どのような取材をなさったのでしょうか。
自分が思っていた以上に、すでにマッチングアプリが世の中では怪しいものでもなく、常識的なものになっていて、本はもちろん、ドラマ、映画、体験漫画、YouTubeなどでも情報が出てきて参考にさせていただきました。
いろいろな人がいるし、そんな体験が…!と、面白かったです。
ただ、それらのものは若者の体験談が多くて、実際に取材させていただいた中高年のマッチングアプリ体験者には根掘り葉掘り聞かせていただきました。
印象的だったのは、離婚歴のある40代後半のかなり強面のお父さんが、「アプリで彼女ができたんです」と、とても照れくさそうに、でも嬉しそうに話をしてくれまして。
言葉は多くないのですが、幸せが滲み出てて、
中年だって、ピュアに恋に落ちるのだなぁ…と、中年でも恋する気持ちは若い方と変わらないのを感じました。
――清美の相手となる男性について、どういう人物造型にしようと思われましたか?
清美は恋に興味なかったはずなのに、猫が亡くなった寂しさと、更年期の不調から恋に向き合おうという気になるのですが、 中高年の恋は若い方の恋とは違って、一目惚れとか、見た目で好きになるとか、トキメキとか、そういうものはなかなかないわけでして(人によってはあるかもしれませんが)。
美しくはないけれど、心が惹かれる人物として描こうと思いました。
正直、非常に難しかったです…!
男女関わらず中高年みんな必死に頑張っているじゃないか!
――事前にある程度構成を考えて描き始め、描きながら解答を見つけていくということが多いそうですが、本作についての想定外の展開、たどりついた解答の意外性はありましたか?
作品を描き始めて、昨年で実は10周年なんです。初めての恋愛もの、しかも中年の恋!にチャレンジしてみました。はたして、どう描いていいのか…気持ちの乗せ方がわからなくて、若かりし頃に読んだ少女漫画をあらためて買って読んだりしました。
恋愛についてもですが、中高年の日常についても何人かに取材をさせていただきましたが、話を伺ううちにひしひしと感じたのは、男女関わらず中高年みんな必死に頑張っているじゃないか!ということです。
若い頃とは違って、仕事も重要なことを任されることも多く、甘えられる人も少なく、だけど責任は大きく、なのに褒められることもなく、責められるときは限界を超えるほどまで責められて。
場合によっては更年期でもそうですが、仕事、生活、親の介護など心を病むまでにさまざまなことに追い詰められてしまった人も多いのを感じます。
だから、独身とか既婚とか関係なく、小さくていいから、恋でなくていいから、寄り添える誰かがそばにいたらと思っている人は多いんだなぁと実感しました。日々の暮らしに温かさがあれば、どれだけ救われるか。
中高年だって、夢を見る。
夢を見たっていいじゃないか!という心の声が聞こえました。
――清美は46歳、出産は難しい年齢、更年期世代です。野原さんよりやや年下の50代前の世代に向けてメッセージをお願いします。
私は今年で50代半ばになったのですが、ようやく更年期にも終わりが見えてきたような気がしています。MAX更年期のときは「頑張らなくていいよ」と周りの人たちに言ってもらえたのが救いでした。
更年期を乗り越えた今は、全ての人に感謝の気持ちです。
(今思えば、そんなに感謝の気持ちがなかったように思えます。ごめんなさい)
普通に歩けるのも嬉しいし、ご飯が美味しいと思えるのも嬉しいし、幸せって、案外小さいものなのかもって思えるこの頃です。
中高年の皆様もまずは体を大切に。
皆様に良いことがありますように。
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