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熊本地震、北海道地震、能登半島地震・・・なぜ発生確率の低い地域ばかりで大地震が起こるのか? 【科学ジャーナリスト賞・菊池寛賞・新潮ドキュメント賞 トリプル受賞で注目の新聞記者が語る】

「30年以内に70〜80%」とされる南海トラフ地震の地震発生確率が、実は20%かもしれない――。そんな衝撃の事実を明らかにした『南海トラフ地震の真実』。本書は、科学ジャーナリスト賞、菊池寛賞、新潮ドキュメント賞のトリプル受賞で瞬く間に話題の書となった。執念の調査報道でその事実を突き止めた東京新聞の小沢慧一記者に話を聞いた。

撮影/早川歩夢

「南海トラフ地震臨時情報」の科学的根拠は薄弱

――2024年8月8日、宮崎県の日向灘で最大震度6弱の地震が起き、その日のうちに気象庁は「南海トラフ地震臨時情報」を出しました。2019年の運用開始から初めてのことでしたが、この臨時情報の問題点について、すでに『南海トラフ地震の真実』でも書かれていましたね。

はい。臨時情報については、以前より地震学者らから科学的に疑義が呈されていました。名古屋大学の鷺谷威教授(地殻変動学)によれば、臨時情報の根拠となっている統計自体に問題があると。「内閣府が検討のために寄せ集めたデータで、学術的意義はほぼない」と言っています。もともと私も疑問視していたので、8月8日に臨時情報が発令されたときから、その問題点を指摘する記事を準備していました。

しかし、もし本当に巨大地震が起きたらどうするのか。多くの人々に油断を与えることになるかもしれないと、東京新聞の社内でも掲載するかどうか議論になりました。そのため、発令から1週間後の呼びかけが終了したタイミングで記事を出しました(東京新聞8月15日付「南海トラフ臨時情報の疑わしさ…地震学者が語る「科学的にあまり意味はない」とデータごちゃまぜの内実」)。

小沢慧一氏
小沢慧一氏

――特に問題だと思われる点は?

科学的根拠がほとんどないにも関わらず、政府は危機感を煽る情報を出しただけで、その対策やコストを自治体や企業、個人に丸投げしたことです。だから過剰な対応が生まれた。夏休みシーズンということもあり、ビーチを閉鎖した和歌山県の白浜町では5億円の損害となり、JRでも一部運休や減速運転をしました。ホテルや旅館もキャンセルが相次ぎ、花火大会も中止に。さらに水や米の買い占めも起きた。この件で政府は被害総額を調査しないと言っていますが、野村総研によれば、旅行関連支出への影響は約2000億円に及ぶと試算しています。(※)

ただし、科学的には問題があったとしても、地震に備えることは必要です。だからこれは、あくまで防災の問題として捉えるべきで、科学的な正当性があって出されたものではないと認識することが重要です。

加えて言えば、臨時情報が発令された1週間という期間も、科学的に安全性が確保されたから終了したわけではありません。これは、制度をつくった当時、社会的に許容できる期間を住民にアンケートしたところ、1週間という結果が出たのでそうなっただけです。いわば政策的な判断です。1週間が過ぎても注意しなくていいというわけではありません。

科学と防災を混同してはいけない

なぜ科学と防災を切り分けて考えることが大事なのか。それは低い確率だったとしても、一たび巨大地震が起きれば、命に関わるからです。科学的にはあまり起こらないだろうと言われていても、防災の観点からは対策が必須です。低確率地域のほうが、高確率地域よりも先に地震が起きるかもしれない。野球で言えば、選手の打率だけ見ても、高打率のバッターと低打率のバッターで、ある試合でどちらが先にヒットを打つかわからないのと同じです。事実、能登半島地震の震源地となった石川県は大部分が地震発生確率0.1~3%でした。

他にも問題はあります。臨時情報で「空振り」が続けば、次第に信用されなくなるでしょう。あるいは、大きな地震が起きるときには、臨時情報のように何らかの事前情報が出されるはず、という誤解が生まれる可能性がある。逆に言えば、警戒する情報がなければ、準備しないという行動につながってしまう。

こうした情報が出されれば、その時は一時的に防災意識が高まるかもしれませんが、大地震の前に予兆となる地震が起きないことのほうが圧倒的に多いのです。つまりほとんどの地震は突然起こる。臨時情報がなくても、いつ地震が起きてもいいように備えておくことが必要なのです。

これと似たような状況として、地震発生確率が高い地域では、普段から警戒していることもあり、防災意識が高くなりやすいかもしれませんが、低確率地域では油断が生まれやすいということがあります。図1は政府の特別機関である地震調査研究推進本部が出した「全国地震動予測地図」の上に、1979年以降10人以上の死者を出した地震の震源地を落とし込んだものですが、熊本地震、北海道地震、能登半島地震など、確率が低い地域ばかりで大地震が起きていることがわかります。

図1 「全国地震動予測図」に1979年以降10人以上の死者を出した地震の震源地を落とし込んだ図(小沢氏提供)。
図1 「全国地震動予測図」に1979年以降10人以上の死者を出した地震の震源地を落とし込んだ図(小沢氏提供)。

地震保険の加入率を調べると、愛知県、徳島県、高知県など南海トラフ地域で高い加入率となっていますが、能登半島地震の震源地となった石川県の加入率は全国平均以下でした。また、低確率地域の自治体は、そのことを理由に安全性をアピールし、企業誘致活動を行っていました。発生確率を公表することで、低確率地域にとっては、それが「安心情報」になっているのです。

「30年確率」は無理がある

――なぜこれほどまで予測が外れるのでしょう。

それは、数十年から数百年ごとに起きるとされる海溝型地震と、数千年、数万年単位で起きる内陸の活断層型地震を30年という短い期間に当てはめて予測しているからです。

数千年スパンで起こる地震を、30年というものすごく短い期間に圧縮して確率を出すことに無理がある。ではなぜ30年なのか。これも科学ではなく、防災の観点から決まったことです。どういうことかというと、30年というのは、人が人生設計をするときにちょうどいい長さだからです。地震学的な意味はありません。住宅ローンも約30年、一世代も約30年。防災に携わる人たちからの強い要請で、30年くらいにしておかないと危機意識を持ちにくいということで決まったのです。

――ここでも科学と防災の対立構造がありますね。

そうです。南海トラフ地震だけ、他の地域では用いられていない予測モデルによって確率が導き出されています。南海トラフでも他の地域と同様のモデルで計算すれば――多くの地震学者が現在の科学ではそれが一番妥当だと考えているのですが――70~80%ではなく、20%まで下がってしまうのです。

ではなぜ20%よりも70~80%という数字が出回っているのか。それは科学よりも防災が優先されたからです。確率を低くすると防災意識が低下する、さらには莫大な防災予算が削られるなどの懸念が、防災関係者の間に強くにありました。

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新刊紹介

小沢慧一

おざわ・けいいち
1985年名古屋市生まれ。大学は文系の学部を卒業。コスモ石油株式会社から転職し、2011年中日新聞社(東京新聞)に入社。名古屋社会部などを経て東京本社(東京新聞)社会部。東京地検特捜部・司法、科学、23区担当など。南海トラフ地震の確率問題に迫った報道で2020年に科学ジャーナリスト賞を受賞。その後、これらの報道に追加取材を加えてまとめた『南海トラフ地震の真実』を刊行。その功績で2023年に菊池寛賞、2024年に新潮ドキュメント賞を受賞。

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