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岡田武史会長のFC今治がJ2昇格。「スタジアムを中心に新しいコミュニティをつくり社会を変えたい」

11月10日、サッカーJ3リーグに所属するFC今治がJ2昇格を決めた。日本代表監督として二度のワールドカップを指揮した、あの岡田武史が会長のクラブである。
2014年に岡田が会長となりクラブ経営をスタートして10年。
その挑戦は、サッカーチームを強くするだけでなく、愛媛県今治市という地方都市のコミュニティや在り方の変革も含めた異例のものだった。今回は昇格決定後の岡田へのインタビューを中心に、その挑戦の歩みや未来を4回に分けて特集する。
第1回目は自前で作った2つのスタジアムの話を中心にお伝えする。
(文中敬称略)

(取材・文/二宮寿朗 撮影/近藤 篤)
2024年11月24日、ホーム最終戦の試合前。昨年オープンした「アシックス里山スタジアム」ピッチにて。会長になって10年、2つの専用スタジアムを建設した。(写真/近藤 篤)
2024年11月24日、ホーム最終戦の試合前。昨年オープンした「アシックス里山スタジアム」ピッチにて。会長になって10年、2つの専用スタジアムを建設した。(写真/近藤 篤)

涙を見せない岡田武史が泣いた理由

 岡田武史は人前で滅多に涙を流さない。
 指揮官としてジョホールバルで日本代表が初めてワールドカップ出場を決めようが、北海道コンサドーレ札幌をJ1昇格に導こうが、横浜F・マリノスでリーグ2連覇を果たそうが、下馬評の低かった南アフリカワールドカップでグループステージを突破しようが、“岡ちゃん”は常にクールであり続けた。
指導者からクラブ経営者へ。2014年11月にFC今治の株式を51%取得して代表に就任して以降、四国リーグから2017年シーズンにJFL、2020年シーズンにJ3とステップアップし、代表に就任して10年後にようやくJ2昇格を決めたところでそれは同じだった。「2025年にJ1で優勝争いをするチームに」とした当初の目標より遅れてはいるものの、激しい競争下にあるなかで順調にステップアップしていることは言うまでもない。
 だが11月17日、ファン・サポーターに感謝の思いを伝えるイベントをアシックス里山スタジアムで行なった際、来場者に「僕を信じて集まってくれた社員、スタッフ、そして信じて……」と語ったところで感極まり、目に涙を浮かべる彼がいた。
 10年間のチャレンジを振り返りつつ、彼が描くクラブと社会の未来を描く特別インタビュー。涙は意外でした、と筆者が伝えると苦笑い交じりに応じた。

「男は人前で涙を見せちゃいけないって育てられたから、見せたことなんてほとんどないと思う。でもこの前のイベントのときは、うちの社員、スタッフに、いい環境、いい給料を与えたいと思ってきたのに、まだボーナスだって出せてない。それでも俺についてきてくれてね。そんなことを思ったら(心が)苦しくなったんだよ」

 社員6人でスタートした小さな会社は、今や「コーチの数を入れたら90人近い」規模まで膨らんでいる。「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」を企業理念とし、人口15万人ほどの愛媛にある地方都市に根差してきた。

「きちんと計画して、ああしよう、こうしようなんてやってない。先に(描いた)絵があって、そこに向かって目の前のことをやりながら進んできた。だから立ち止まってないよ。走りながら考えてきたって感じかな」

 後ろを振り返ることなくガムシャラに走ってきた10年間でもあった。

今治に「民間民営」で作った2つのスタジアム

 岡田は2つのスタジアムをこの今治の地につくった。
 最初は約5000人収容の「ありがとうサービス.夢スタジアム」を約3億円で建てた。2017年9月10日のこけら落とし(JFL第7節、ヴェルスパ大分戦)には、定員を超える5241人の観客を収容している。テーマソングの初披露や「友近と交流のある水谷千重子」のハーフタイムショーなど大いににぎわう船出となった。そして次に、J1基準を満たす最大1万5000人まで増築可能とする「今治里山スタジアム」を約40億円で建設し、2023年1月にオープニングセレモニーを行なった。同年5月1日からアシックスと命名権契約を結び「アシックス里山スタジアム」となった。
 5316人収容で2024年シーズンはホーム1試合平均3786人を記録。収容率だけで言えば71.2%と高い数字を誇っている。
 昨今、Jリーグ、Bリーグにおいて新しいスタジアム、新しいアリーナの建設が続いている。筆者は今年サンフレッチェ広島のエディオンピースウイング広島(2万8520人収容)に足を運んだが、どこでも見やすい席、大きなビジョンなどスタジアムそのものの魅力もさることながら、スタジアムに隣接して大きな広場があり、子供たちの遊び場所、人々の交流の場所になっていることがとても印象的だった。
 無論、アシックス里山スタジアムもそうである。「里山ジャルダン」「里山プラザ」など自然のなかで遊べるスペース、交流できるスペースがあり、カフェもある。スタジアム近くには「イオンモール今治新都心」があり、そこでは買い物や食事も楽しめる。サッカーのみならず、1日中過ごせる場になっている。
 土地は今治市からの無償貸与だが、建設費はFC今治で調達している。コロナ禍で難儀であったことは間違いないが、周りの協力もあって実現に至った。約20億円は金融機関からの融資。企業理念を実現しようとする岡田の本気が染み込んだスタジアムでもある。
 インタビューはテゲバジャーロ宮崎とのホームスタジアム最終戦(11月24日)の試合前に、スタジアム隣のカフェ「里山サロン」で行なった。名物のスコーンを「これ、うまいんだよ」と頬張る岡ちゃんを見て、カフェのスタッフが笑った。チケットは完売し、イベントや出店もあって人で溢れていた。芝生で遊ぶ親子もいた。ユニフォーム姿の年配の夫婦もいた。岡田が望んでいた光景が広がっていた。
 自然と共存でき、里山をコンセプトにした365日人が集まる場所。傾斜のスペースにワイン用のぶどう苗木を植えている。試合日以外はVIPルームやメディアルームなど施設を一般に開放し、ランニングクラブ、ドッグラン、各種フェスなど試合日以外でもいろんなイベントの会場となってにぎやかになりつつある。 2026年春にはスタジアムと連携する商業施設内に開業する、おもちゃ美術館の運営に参画することも決定している。

2017年9月10日、「ありがとうサービス.夢スタジアム」こけら落とし。里山の立地、形状を活かした専用スタジアムだ。(写真提供/FC今治)
2017年9月10日、「ありがとうサービス.夢スタジアム」こけら落とし。里山の立地、形状を活かした専用スタジアムだ。(写真提供/FC今治)
「夢スタ」に隣接する現在のホームスタジアム「アシックス里山スタジアム」。ピッチと観客席が非常に近く熱狂を生むが、まわりは自然にあふれ老若男女の憩いの場になる。(写真提供/FC今治)
「夢スタ」に隣接する現在のホームスタジアム「アシックス里山スタジアム」。ピッチと観客席が非常に近く熱狂を生むが、まわりは自然にあふれ老若男女の憩いの場になる。(写真提供/FC今治)

「ウチがサッカークラブを運営しているだけの会社だったら、これだけの企業が支えてくれないし、こんなに優秀な社員が集まってこないよ。新しいコミュニティをつくりたい、社会を変えたい。ここに共鳴してくれるから集まってくれる」

 J1仕様にするために無理につくったわけではない。共助の社会づくりを目指すその拠点、その象徴にしたいという思いがあるからにほかならない。
 岡田は言う。

「資本主義も格差と分断で行き詰って、民主主義はポピュリズムで、何が本当かもよくわからない時代になっている。世界の秩序は今後こうなるとかわかる人なんていない。だからこそ自らが主体的に動き出してお互いが助け合う共助のコミュニティをつくらなきゃいけないんじゃないかと俺は思って、そうやってきた。FC今治というコミュニティを通じて衣食住をお互いに保証しあうことだって可能。空き家を修理したり、着ない服があれば融通したり、フードバンクを使って誰でも安く食べられる“みんな食堂”をやったり……ベーシックインフラを僕らがモデルとなって実践して、全国に60あるJリーグのクラブと50あるBリーグのクラブが続いていったら、この国は変わるかもしれない。点から面になったときに、新しい秩序を支援するような動きも出てくると思う。支え合うことで心の豊かさを育むことができるコミュニティ。共感、信頼といった目に見えない資本が大切になってくるはずだから」

取材は分刻みのスケジュールの合間に。カフェスタッフときさくに会話を交わしながら、朝食を兼ね名物のスコーンを食べる岡田。(写真/近藤 篤)
取材は分刻みのスケジュールの合間に。カフェスタッフときさくに会話を交わしながら、朝食を兼ね名物のスコーンを食べる岡田。(写真/近藤 篤)
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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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