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「学歴」というフィルターで世界を認識する狂人たち【小川哲×佐川恭一 学歴対談・前編】

偏差値や大学名に異様な執念を持つ人間たちを描くノンフィクション『学歴狂の詩』が発売されました。
刊行を記念して、著者佐川恭一さんと、渋谷教育学園幕張(以下、渋幕)・東京大学卒という学歴の直木賞作家小川哲さんの対談を公開します。
小川哲さんが『学歴狂の詩』を読んで思い出した、驚きのエピソードとは?

(構成:長瀬海、写真:キムラミハル)

佐川恭一は学歴を通して世界を理解している!?

小川 いやぁ『学歴狂の詩』最高でした。めちゃくちゃ面白かったです。

佐川 ありがとうございます!! 6年前、小川さんに初めてお会いしたときに「佐川さんは学歴の話を書き続けた方がいいですよ」とアドバイスしていただいたんですけど、おぼえてます?

小川 もちろん。確か電子書籍で出ていた佐川さんの『サークルクラッシャー麻紀』を読んでいたのでそんなことを言ったんだと思います。小説家ってそれぞれ自分のなかにある何かしらの感覚を頼りに小説をたぐり寄せようとするものなんですが、佐川さんは学歴の話を書いているときが文学の一番深いところに手を伸ばしているような印象があるんです。

佐川 いきなりすごい話やな……(笑)。

小川 偏差値や学歴という虚構を通じて小説を書いているというか。少なくとも僕はそういう人間を佐川恭一以外知りません。すごく稀有な存在なんですよ。

佐川 そう言っていただけて、喜んでいいんでしょうか(笑)。

小川 佐川さんは世の中のあらゆる事象を受験勉強に置き換えて理解しているんですよね。『学歴狂の詩』のなかでもボクシングや総合格闘技と受験を自然とオーバーラップさせていたし、おそらく世界を認識するために「学歴」や「偏差値」というフィルターにすべてを通しているんだと思います。ただ、それを作品にするには自分を一歩引いて見つめる目が必要だから、その視点もちゃんと持っている。受験という洗脳から半分は解放されているけど、完全には解けていないような状態で小説を書き続けているんでしょうね。

佐川 確かにそれは間違いないです。半分は受験モードで書いている自覚はあります。

小川 そもそも新人賞を受賞して作家デビューするときのプロセスにも大学受験に通じる部分があるじゃないですか。公募があって、みんなでヨーイドンで小説を書き、受賞を目指す。過去の受賞作を読み込むのは赤本で過去問対策するのに似ているし。

佐川 傾向と対策をしっかりしなきゃいけないのはどっちも同じですね。

小川 商業デビュー前の佐川さんはやたらと文学賞に応募していたし、賞を取ることが目的になっていたように見える部分があったんですよ。その姿は大学受験生の頃の佐川さんと同じだったんだなと今回気づきました。『学歴狂の詩』は、本来「手段」であるはずの大学に合格することが「目的」になってしまった男たちの話じゃないですか。彼らのなかで大学は社会に出るための入り口とは考えられていない。手段と目的が転倒していることの哀しさがありありと描かれていて、そこがすごく面白かったですね。佐川さんに学歴の話を書けと言った自分の目に狂いはなかったな、と。

佐川 いやー、嬉しい(笑)! この本が書けたのは小川さんのおかげみたいなところはありますね。

(おがわ・さとし) 1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で山本周五郎賞、日本SF大賞を受賞。2022年刊行の『地図と拳』で山田風太郎賞、直木三十五賞を受賞。同年刊行の『君のクイズ』が日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門受賞。
(おがわ・さとし) 1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で山本周五郎賞、日本SF大賞を受賞。2022年刊行の『地図と拳』で山田風太郎賞、直木三十五賞を受賞。同年刊行の『君のクイズ』が日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門受賞。

いつまでも認知の枠組みが受験時代のまま

小川 ふつうは大学に入った段階で次の目標ができて認知の枠組みが変わるから、受験生時代に考えていたことはだんだん忘れてしまいますよね。でも学歴狂と呼ばれる人たちは何十年経っても脳内の構造が同じまま生きているので、いつまでも受験生的な感覚で世界を眺め続けている。『学歴狂の詩』はそれを強烈に教える本だったので、僕も当時のことをいろいろと思い出しました。

佐川 思い出していただけました? コロナ前には定期的に高校時代の仲間と集まってたんですが、やっぱり受験のときのエピソードトークは出てしまう。誰かが「もう三十歳も越えたんやし受験の話はいったんやめよう!」って言ったこともあったんですが、結局我慢できないんですよね(笑)。小川さんの『君が手にするはずだった黄金について』に収録されてる「偽物」に、高校時代の鉄板ネタを集めているババリュージって漫画家の話があったじゃないですか。まさにあんな感じでひたすら鉄板ネタを話し続けてるから受験の記憶がずっと古びない。『学歴狂の詩』ではそのなかでも選りすぐりのエピソードを紹介しました。

小川 僕はやたらとマウント取ろうとするからクラス中にウザがられてた〈非リア王〉遠藤のエピソードが一番好きでした。遠藤が現役で京大に落ちたときなんて心のなかでよっしゃ!とガッツポーズしました(笑)。

小川哲さんが最も好きだと語った〈非リア王〉遠藤(イラスト:凹沢みなみ)
小川哲さんが最も好きだと語った〈非リア王〉遠藤(イラスト:凹沢みなみ)

佐川 あのときはクラスのみんなが湧きましたね(笑)。遠藤のことは誰も応援してへんかったんですよ。

小川 でも思い返してみれば、僕の周りにも学歴狂の変わった人はたくさんいましたね。大学に入って最初に出会ったやつもそんな人間でした。東大って入学式前に新入生全員が参加するオリエンテーション合宿が必ずあるんです。僕のときはクラスごとに分かれて河口湖に行きました。みんな初対面だからそれなりに緊張しているんですが、行きのバスで隣になったやつがずーっと僕に東大に受かった自慢をしてきて(笑)。

佐川 それはヤバすぎる(笑)。そこにいる全員が東大に受かってるのに。

小川 そう(笑)。きっと彼の地元ではそれが偉業だからそんな話ばかりしてきたんでしょうね。トークの手札がそれしかなかったんだと思います。春休みの間、自分がいかにして東大合格を勝ち取ったかを物語に仕立てて友だちに自慢していたんだろうな、と。

佐川 それは地方出身の学歴狂あるあるですね。『学歴狂の詩』のなかにも書きましたが、僕も「田舎の神童」ともてはやされたタイプなのでよくわかります。僕の場合は京大入学後に受験の話をしようとしたら周りに冷ややかな目で見られたので、「これはアカン」ってなりましたけど(笑)。

小川 佐川さんはちゃんとそこで自制できたんですね(笑)。

佐川 「あれ? 意外とみんな受験トークに乗ってこないぞ」とすぐに気づきました。京大生だからって全員が受験で苦労したわけじゃないんですよね。

小川 僕の隣に座ったやつはそれに気づいてくれなかったから辛かった。しかしおかげで「東大生なのに東大合格自慢をされた」というエピソードトークを入手できました。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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