2025.4.30
絵を丁寧に観ることを促す言葉の心地よさ~林綾野氏(キュレーター)が『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』を読む
「詳しくないんですけどね」
絵を見ることが好きだという人の多くが、よくそう口にする。絵画の歴史や様式、画家のことなどしっかりと知らなければ、絵を「好き」と言うのは憚られるという思い込みがあるのかもしれない。好きなものをただ好きと言えない。そんな閉塞感が多くの人を、絵を楽しむ喜びから遠ざけてしまっているように思う。この本は、そんな呪縛から実に自然に解放してくれる。
絵画と向き合うとき、感じることを主とする「見る」と、描かれていることを読み解く「観る」という2つの視点があると筆者である石沢さんは言う。絵画は感性の芸術で、心のままに感じる「見る」ことを大切にしながらも、「観る」という視点から、美術作品がもつ独自の言語を読み解くことで、絵画が放つ「言葉」をより鮮明に捉えることができると。その「言葉」とは、絵に描き表されているキリスト教やギリシャ・ローマ神話の決まりごとや、当時の風習や流行、価値観などを含んだ西洋美術のルール。そうした「言葉」がわかるようになれば、途端に絵の方から語りかけてくる、つまり「饒舌な名画たち」とのお付き合いがはじまるというわけだ。
本書では、言及される絵画作品の図版が全て掲載されているが、筆者は1つ1つの作品をまずは言葉で丁寧に描写していく。「地面や樹木を包む金色の輝き、翳る緑の天鵞絨めいた感触、水の透明感、光に微かに焦げたような空の色合い……」*1。「浅瀬に乗り上げた大きな貝殻の中、ウェヌスは柔らかな物腰で佇む。波と空気に揺蕩うかのように……」*2。言葉を追っているだけで、その絵を見る喜びが予感され、心が震える。綴られる文字に導かれながら、絵に対する好奇心が高まり、私たちの心は自然と開いていく。そして風景の意味合いがどう変遷していったのか? ウェヌス(ヴィーナス)、女神たちの姿に託されたものはなんだったのか? 絵画におけるそうした決まりごとを読み進めていくうちに、私たちはいつの間にか絵を「観る」ことをはじめている。
本書を通して、西洋美術の知識を得るだけでなく、私たちは「饒舌な名画たち」との付き合い方の糸口を見つけることだろう。読み終えた後、「あれは何?」「これはどんな意味?」、そんなふうに絵に話しかけるようになっているはずだ。本書をめくりながら、相手(名画)が饒舌になるまで、仔細に視線を注ぎ、観ることの喜びを噛み締める。絵画作品と向き合うことはコミュニケーションだったのだ。
*1 P72 ジョルジョーネ「嵐」
*2 P136 ボッティチェリ「ウェヌス(ヴィーナス)の誕生」
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下記より、『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』第1章「聖母とマグダラのマリアの描かれ方」が読めます!











