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気仙沼の漁師120人以上に取材。「東大でも猛勉強していい会社入って、で、漁師に戻る」-迷った心に効く漁師たちの名言集

『気仙沼漁師カレンダー』の10年以上にもわたるプロジェクトの歩みを描いたノンフィクション、唐澤和也さんの『海と生きる 気仙沼つばき会と気仙沼漁師カレンダーの10年』(以下、『海と生きる』)が発売されました。

著者の唐澤さんは全10作のカレンダーのうち2016年版より9作で担当ライターとして活躍。2015年から23年までの9年間、撮影に同行し、120名におよぶ気仙沼の漁師さんたちを取材してきました。そんな漁師さんたちの言葉の中から、新年にふさわしい、元気と仕事へのやる気をもらえる名言をいくつかご紹介します。

(文・撮影/唐澤和也)
2017年1月27日、ワカメ漁師の仕事風景。漁師の朝はやっぱり早かった。『気仙沼漁師カレンダー』の撮影や取材も、夜だか朝だかわからない時間帯からスタートすることが日常だった。
2017年1月27日、ワカメ漁師の仕事風景。漁師の朝はやっぱり早かった。『気仙沼漁師カレンダー』の撮影や取材も、夜だか朝だかわからない時間帯からスタートすることが日常だった。

金言その1「プロは他人から評価されたいだとかひとの目を気にすることなく、一心に集中してやる」

『気仙沼漁師カレンダー』の9年間の取材で、120人を超える漁師と漁業関係者への取材を重ねてきました。はじめての漁師取材を振り返って思い出される感情は、「焦り」です。まず、言葉の30%ぐらいしか聞きとれない。世界3大漁場のひとつ「三陸・金華山沖」に近い気仙沼港には、日本全国から優秀な漁師さんが集まってくるので、お国ことばも人それぞれ。そして、それぞれがそれぞれに聞きとれない。まるで世界各国の外国語のようでした。さらに、漁師さんは寡黙がデフォルト。まったくしゃべってくれないというわけではないのですが、会話のストロークが短いのです。

「なぜ、漁師さんになったのですか?」
「金だね」
「漁師として一番テンションがあがる時は?」
「たくさん獲れた時だな」

こんな感じ。ライターとしてはトホホです。しかも、『気仙沼漁師カレンダー』には、そこそこの文字量の言葉が毎月掲載されることになっていたので、そりゃあ焦ります。

ところが、気仙沼を訪れるようになって3年目。風向きが変わりました。それまでは、仕事中の漁師さんへの取材だったのですが、オフの時の彼らにも話が聴けるようになったのです。

勘違いでした。もちろん、根っから寡黙な人もいましたが、多くの漁師さんは仕事中だから、しゃべってる暇なんてなかったのです。オフの彼らは饒舌なタイプのほうが多くて、「好きな言葉は?」との問いに「セニョリータ!」と即答してくれた人もいました。

なにより、漁師さんの言葉には力があった。しかもそれは、命をかけて仕事をしている者だけが持つリアリティを内包していました。

たとえば、「本物の漁師とは?」との問いに、ある船頭は次のような言葉を語ってくれたのです。

2019年4月3日、気仙沼港から出港の準備をする漁師さんたち。大漁旗を掲げる彼らは、いつだってちょっと誇らしげだった。
2019年4月3日、気仙沼港から出港の準備をする漁師さんたち。大漁旗を掲げる彼らは、いつだってちょっと誇らしげだった。

「本物の漁師=プロフェッショナルってことだと思うんだけど、プロは他人から評価されたいだとかひとの目を気にすることなく、一心に集中してやる。俺は死ぬまでそういう人生を送りてぇね」
(『気仙沼漁師カレンダー2019』1月より)

船頭とは、海と生きる漁師の世界でトップの人ですが、陸で仕事をする我々にこそ耳の痛い言葉ではないでしょうか。たとえば、SNSだって「自分がどう思ったか?」をポストすればいいはずなのに、「他人にどう思われたいか?」をやっぱり気にしてしまう。仕事だったらなおさらのこと。「一心に集中」なんてできなくて、失敗したらどうしようなどと「それ以外」を、どうしても考えてしまう。

興味深いのは、この船頭が散々先輩に怒られてきた経験を持つこと。17歳で遠洋マグロ船に乗ったけれど、すぐに仕事ができたわけじゃない。でも、怒ってくれた先輩は、エラ抜きという手先の器用さが求められる仕事を、ふつうの人は5分かかるのに3分でこなしていた。その仕事ぶりから「一心に集中」が大切だと発見したそうです。

2017年1月24日、造船所にて。震災で被害を受けた気仙沼の5社が100年先の未来まで続く造船所をと結束、「みらい造船」と名づけられた。
2017年1月24日、造船所にて。震災で被害を受けた気仙沼の5社が100年先の未来まで続く造船所をと結束、「みらい造船」と名づけられた。

金言その2「裏方という表現は、最高の褒め言葉だね」

船頭というトップでなくても、僕らの背中を押してくれる言葉を残してくれた漁師さんもいました。漁船の心臓部であるエンジン関連の仕事を一手に担う機関長はこう言いました。

(裏方という表現は失礼ですか?)
いや、最高の褒め言葉だね
(『気仙沼漁師カレンダー2018』8月より)

どの世界でもそうだと思うのですが〝縁の下の力持ち〟的存在がいなければ、職場はまわらないもの。漁師さんの職場における機関長の仕事はまさにそれで、ほかの乗組員が陸にあがって休息をしている時ですら、造船所で船が整備されるのを見守り続けていました。

そんな機関長を撮影させてもらううちに、どうしても聞いてみたくなった質問が「裏方という表現は失礼ですか?」でした。僕自身が劇団の裏方を経てライターになっており、でも裏方であったことを誇りに思っていたからです。「いや」と否定してから「最高の褒め言葉だね」と答えてニカっと笑ったその顔は、目尻の皺までもがかっこよかったのでした。

注目すべきことは、この機関長を写真家に被写体として推した人たちがいるということ。つまり、気仙沼には、裏方の仕事をちゃんと見てくれる人たちがいたのです。

2021年1月21日、気仙沼漁港ではなく清水漁港へ。世はコロナ禍だったが『気仙沼漁師カレンダー』は継続する方法を模索し続けた。その成果が、この清水漁港での撮影。まるで果実のように実った冷凍マグロ水揚の様子は、同カレンダー史上はじめての撮影だった。
2021年1月21日、気仙沼漁港ではなく清水漁港へ。世はコロナ禍だったが『気仙沼漁師カレンダー』は継続する方法を模索し続けた。その成果が、この清水漁港での撮影。まるで果実のように実った冷凍マグロ水揚の様子は、同カレンダー史上はじめての撮影だった。
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唐澤和也

からさわ・かずや●1967年、愛知県生まれ。 明治大学卒業後、広告代理店勤務を経てフリーライターに。
単著に『負け犬伝説』『マイク一本、一千万』(ともに、ぴあ)、 企画・構成書に、爆笑問題・太田光自伝『カラス』(小学館)、 田口壮『何苦楚日記』(主婦と生活社)、 森田まさのり『べしゃる漫画家』(集英社)などがある。

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