2025.5.11
「『少年ジャンプ+』の10年は、集英社が打てる手の中で一番いい手を打った感覚です」【『王者の挑戦』刊行記念 けんすう氏インタビュー】
今回はその刊行を記念し、「少年ジャンプ+」とも関係が深く、また、ネットやマンガカルチャー全般にも詳しい、起業家・投資家のけんすうさんに著者・戸部田誠さんがインタビュー。知られざる編集部との話や、「少年ジャンプ+」の創刊からの10年が果たした役割やマンガの未来など、いろいろな話を伺いました。
(取材・構成/戸部田誠 撮影/藤澤由加)

自分たちこそ挑戦していく側という強い意識
――まず、『王者の挑戦』を読んでいかがでしたか?
けんすう(以下、同) 知っている名前がたくさん出てきて、とても面白かったですね。私は、2014年のリリース時ぐらいのときの話はあんまり知らなかったので、籾山さん(※籾山悠太。「ジャンプ+」現編集長)ってこう考えていたのかとか、細野さん(※細野修平。「ジャンプ+」前編集長)や林さん(※林士平。「ジャンプ+」編集者)の話とか、『SPY×FAMILY』がどのようにして生まれヒットしたのか、とか、あのあたりは本当に興味深く読みました。
――そもそも『ジャンプ+』の存在自体を知ったのはいつくらい?
結構、早めでしたよ。マンガ、大好きなので。2016年に始まった『ファイアパンチ』とかが盛り上がってるぐらいのときにはずっと読んでいたので、相当初期じゃないですかね。
今ももちろん読んでいます。連載中の作品だと『姫様“拷問”の時間です』とか、『こわいやさん』とか、『アスラの沙汰』とか好きですし、「ジャンプ」ではなかなかヒットしないかもと思う野球マンガ『忘却バッテリー』とか、『大人対戦』とかもすごいなと思って読んでいます。注目している作品は本当にたくさんあります。
――そんなマンガ好きのけんすうさんが「ジャンプ+」の編集部の方々と仕事で関わるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
2018年ごろですね。自分の会社でマンガメディアをやっていたときに、林さんにインタビューしたのが、最初だと思います。その後、自分が運営している「アル」で、ネット上でマンガのコマを使用できるか相談したんですが、「ジャンプ+」編集部はOK、と即答してくれて。『チェンソーマン(第二部)』や『SPY×FAMILY』のコマも使っていいと。「ジャンプ+」はとてもオープンな場だったので、そこからいろいろな実験を一緒に始めました。漫画制作サポートAI「コミコパ」とかもそうですし、最近だと10周年サイトの読切作品のジェネレーターですね。過去の読み切りから、自分の読み切りベスト3を作るみたいなものです。そんなチャレンジを一緒にいろいろさせていただいているという感じですね。
――たしかに、『王者の挑戦』でも描かれていますが、「ジャンプ+」編集部は外部との連携や新しい試みに非常に積極的ですよね。マンガのコマ利用についても、権利的に難しい側面もあるかと思いますが。
この本のタイトルにもなっているように、「ジャンプ+」は自分たちこそが挑戦していく側だという強い意識を持っているんです。だから、他社では難しくても「ジャンプ+」ではOK、みたいなことがよくありました。「ジャンプ+」のほか、講談社さんも大抵OKなんです。
――業界構造的にはトップランナーとも言える存在が、新しい試みに最も積極的というのは、ある意味、逆説的にも感じます。
まさにそうです。業界の中でも圧倒的に勝っている側が、最も新しいことに挑戦している。普通は逆ですよね。その状況が、ある意味恐ろしいとも感じていました。

「傑作ができればいい、以上!」という狂気
――『王者の挑戦』では、「ジャンプ+」立ち上げ時の中心人物・細野さんと籾山さんのバディのような関係も描かれています。けんすうさんから見たおふたりの印象を聞かせてください。
細野さんは、挑戦へのハードルがとにかく低いんですよね。こちらから提案しておいて言うのも難ですけど、「えっ、そんなリスク取るの?」と思うことが多々ありました(笑)。「ジャンプ」という強大なブランドを背負い、しかも「ジャンプ+」はデジタルでも成功している。業界内で「ジャンプ+」以外は厳しい、とも言われる中で、一番挑戦しているというのは、ちょっと頭がおかしいなって思うくらい。じゃあ、籾山さんがブレーキ役やりますとかじゃなくて、籾山さんは違う分野でそれ以上に攻めてる。だから編集部全体がバグってるんですよね(笑)。
――「ジャンプ+」編集部の組織文化は、他の業界やスタートアップ企業と比較してどう映りますか?
「面白いマンガが作れればいい」という一点への集中力が凄まじいです。他の業界の人も表向きにはそう言うけど、実際には、社会人としての調整や配慮が3割くらい入るものです。けど、「ジャンプ+」の人たちは違う。「傑作ができればいい、以上!」と本気で思っていて、その軸でみんなが成り立っているっていう狂気。まるで少人数の志高い人たちが集まったスタートアップのような組織運営を、歴史ある企業内でやっているんです。
――編集長だけでなく、編集者一人ひとりにもそういった気概を感じると?
そうですね。編集長だけがそうだというのは100歩譲って理解できますが、編集者たちもみんな独立心が強く、まるで一人ひとりが“社長”のような意識を持っています。それがとても面白いなと感じています。
――なるほど。たしかに『王者の挑戦』でも、編集者それぞれが強い意志と判断基準で動いている様子が描かれています。また書籍内で籾山さんは外部のパートナーに対しても「編集者として振る舞う」とおっしゃっていますが、けんすうさんは、彼らと仕事をして、ムチャなことを言われたという経験はありますか。
「ムチャ言うなぁ」はないんですけど、「ムチャするなぁ」と思うことはあります。明らかに忙しいのにレスポンスは速いし、ほかなら門前払いされそうな依頼にもちゃんと対応してくれる。企業とは思えないスピード感で、新しいことにもどんどん挑戦するんです。たとえば細野さんと「翻訳をベースにしたグローバルなジャンプ+のコミュニティをやろう」と話すと、即OK。世界の誰もやっていないことを迷わず選ぶ、その思い切りがすごいです。
――先見性がありますよね。それでいうと「ジャンプ+」はスタートと同時に「ジャンプルーキー!」も作りました。
正直、「ジャンプ+」の仕組みがあるなら「ルーキー」までやらなくてもいいんじゃないかと思ったんです。でも、そこから『ラーメン赤猫』とか『ふつうの軽音楽部』などのヒット作が生まれているじゃないですか。既存の出版社からしたら怖いはずなんですよ。持ち込みがあって、編集者がチェックして、作家を育ててやっていくっていう仕組み自体が壊されるので。そういう恐怖はないのかなと。彼らにはないんでしょうね(笑)。だから強い。本来であればベンチャーが、「ジャンプ」のような大きなところではできないことをやって新しい文化をつくっていくって感じになると思うんですけど、逆ですからね。