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自分や家族の「もしものとき」に備えるための一家に一冊必携書!【亀谷航平さん×白﨑加純さん『命の教科書 東大クイズ王医師×聖路加救急医療チームが伝える!『もしも』のときの基礎知識』刊行記念特別対談 】

医師一人では成り立たない

-- 本という形に仕上げるにあたり、こだわったポイントを教えてください。

亀谷 医療を真正面にテーマにした据えた本ではありますが、一般の方にとってとっつきにくい「医学書」にならないように心がけました。できるだけ多くの方に「自分ごと」としてこの本を手に取っていただけるよう、「命の瀬戸際」に面した6つのケースをシミュレーションする展開の構成とし、読みやすさには徹底してこだわりました。

白﨑 「CASE6」で紹介した「骨折で入院したら、肺がんの骨転移が見つかった」という事例は、まさに私の祖父の身に起こったことなんですよ。救命救急の現場でどんな問題に直面するかは、医療者でない限り、当事者になってみないと分かりません。医療者である私たちだから伝えられるリアリティを、まだそれを経験していない方々に分かりやすく示したいという気持ちがありました。

亀谷 私たちの意向を汲んでくださった編集者から「漫画を取り入れてみてはどうか」というアイディアを提案いただき、実際にお願いしたのですが、大正解だったと思います。コミックパート担当の上田惣子さんが、医学的事実に忠実に医療のリアルを描いてくださいました。
 マンガにも登場するのですが、この本の中には私たち医師以外にも看護師や管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなど、他職種の医療者の視点をふんだんに入れています。重症患者さんの治療はチーム医療によって成り立っているものであり、医師だけでは決して回りません。命を守る現場にどんなプロフェッショナルが存在し、それぞれの職種が患者さんとどう関わっているのか。そのリアリティも伝えていきたいという思いがありました。

白﨑 今回の本にコメントを寄せてくださったプロフェショナルは、私が実際にタッグを組んでいる聖路加国際病院の救命救急チームのメンバーです。自分自身の臨床研究の結果を元に、2年前から多職種でのPICS(集中治療後症候群)対策チームを作り上げ、重症患者さんとご家族の長期的な予後(PICS)の改善のために取り組みを行っています。私たちの実践をお伝えすることが医療に関わる方々への情報提供にもなるのではないかと考えたんです。
 特に集中治療は、非常に複雑な現場なんです。刻々と変化する血圧や血中酸素濃度、腎機能、肝機能などの膨大な情報を元に、人工呼吸器や点滴、薬剤薬量などあらゆる調整をしなければならないのです。そのために薬剤師さんが常に張り付いていますし、人工心肺などの生命維持装置の設定に問題がないかを常にチェックする臨床工学技士という専門職もいる。そのほかにも、救命後のリハビリを担う理学療法士さんや作業療法士さん、言語聴覚士さん、栄養士さん……ざっと数えただけでも10種ほどの専門職が連携してようやく一つの命が守られ、社会復帰がかなうんです。

亀谷 医療というと、ドラマの影響か医師の功績ばかりに光が当てられがちですが、医師一人でできることは非常に限られます。むしろ、医療を回しているのは医師以外であるという認識を私は持っています。そうした医師以外のプロフェッショナルの働きもぜひ知っていただきたいという思いは強いです。特に、最初に患者さんが運ばれてきたときの身元確認から、退院後の社会生活のサポートまで、自治体と連携して担うソーシャルワーカーさんの役割は大きいと私は感じています。ソーシャルワーカーさんがいなければ、退院の促進は進まず、医療体制は崩壊してしまいますから。

白﨑 こだわりという意味では、情報としての信頼を保つために、一つひとつの用語や描写の正確性にも細心の注意を払いました。例えば、漫画の中に登場する医療機器についても「すみません、この機器はこの場面では使われないので削除していただけませんか」とお願いさせていただくこともありました。私達の細かい指示に的確に答えてくださった漫画家の上田さんには大変感謝しております。
 カバーの帯にも書かれてある「心停止」も、「心肺停止」ではなく「心停止」が正しいんです。細かい点ではありますが、医療に関わる方にも信頼に値する本として受け取っていただけるためにこだわりました。

趣味は釣りやダイビングなど。
趣味は釣りやダイビングなど。

亀谷 すべての医療機関が歯を食いしばって日々頑張っていますが、それでもチーム医療の実践を維持し続けるのは大変なことです。その一方で、今後さらに高齢化が進み、救急医療の件数も増加の一途をたどるシナリオにおいて、救急医療に携わる医療者の相対的な数が不足することは確実だと思っています。
 こうした状況下では、患者側にも基礎的知識がより一層求められます。この運命からは、誰も逃れることができないのです。いつか必ず訪れる「もしもの時」に、どう対応すればいいのか。いざというときに自分や家族を守るために、まずは知ることが第一歩になると思います。

白﨑 “そのとき”は突然訪れますから、ほとんどの患者さんのご家族は戸惑い混乱します。「集中治療って、いつまで続くの?」「収入が途絶えたら、住宅ローンは?」「後遺症が残ったら、社会復帰はどうなるの?」と不安が一気に押し寄せてくる。そんなときの受け皿となる役職として、アメリカやフランスには「ファシリテーター」という専門職があって、患者さんや家族の困り事を聞き取って、どこに相談したらいいかをアドバイスしてくれるんです。ファシリテーターを配置するほうが治療に対する満足度が高い、という研究報告もあります。日本ではまだ一部の施設で研究が始まった段階なので、広く導入されるのは先になりそうですが。

それぞれにとってベストの選択を

-- 今回の出版には、日本の医療現場に対する問題提起も込められているのですね。

白﨑 そうですね。医療体制の構築は一朝一夕にはいきませんが、今の医療の中でもできることはあると思っています。
 例えば、よくあるケースとして、意識不明で搬送された高齢患者さん。非常にまめな方だったようで、毎日の血圧や薬の情報も細かく記録したメモを持ち歩いていらっしゃったのですが、肝心の「いざというときにどういう医療を受けたいか」の意思表明はどこにも見つからなかったんです。同居家族や親族はおらず、かかりつけ医の先生に問い合わせても、「特に大きな病気もしていなかったし、延命治療の希望については聞いたことがない」という返答のみ。こうなると、本人の推定意思に沿った治療を選択することは困難です。高齢化と核家族化が進んだ社会ではこうしたケースが増えていくと予想されるので、深刻な問題です。
 たとえ今は元気であったとしても、ある程度の年齢を超えた方に対しては、かかりつけ医の先生が積極的に「もしものときの医療の希望」を聞き取り、記録をしていただけるとありがたいですね。
 もちろん、家族間で話し合えるとベストですが、今後は「一人暮らしで子どもも孫もいない。妻や夫にも先立たれた」という高齢者が増えるはず。家族以外の地域社会が支える仕組みづくりが求められていると思います。そうした議論も含めて、この国の医療をよりよくするきっかけの一歩となればうれしいです。

亀谷 先ほど「患者側により医療知識が求められている」という話をしましたが、実は医療者側も克服すべき新たな課題を抱えているんです。新型コロナウイルスが拡大した“失われた3年”の間に、医療者が患者さんと面と向かって会話をして日常生活の様子を伺ったり、手を握って励ましたりといったコミュニケーションをする機会は減りました。今は医療の日常も戻りつつありますが、今度はそのギャップに対応できずにストレスを抱えている医療者は少なくありません。医療者側も、こうした「もしものとき」に丁寧な対応ができるよう、スキルを磨く必要があると強く感じています。正常な判断能力を失った家族や患者さんご自身に、忙しい業務の合間を縫って、不安にさせないように確実に対応し、安心させるにはどうすればよいのか。これこそ、医療者の最大の見せ場であり、医療の本質と私は考えています。大げさかもしれませんが、本書が我が国の質の高い医療の維持にわずかでも役立つことができたならば、無上の喜びです。

白﨑 この20〜30年で救急集中治療医学が発達し、救命率は格段に上がりました。しかし、救命率の向上と引き換えに、後遺症で苦しむ患者さんも増えています。今後は救命率の向上だけでなく、患者さんとご家族さんの長期的な予後の改善にも舵を切っていく必要があると思っています。そのための希望となるのは、やはり医師以外の多職種と連携したチーム医療の発展ですね。一緒に働いている立場として、本当に頼もしいんです。
 近年数年前の診療報酬改定で、集中治療室にリハビリに関わる専門職や栄養士が働いていると点数上乗せする改定が決まり、国としてもチーム医療推進の方向へと舵を切っています。命を守り、社会へとつなぐために働く多彩な医療職が活躍できる場がどんどん広がっていき、患者さんやご家族さんともコミュニケーションを深めていけたらいいですね。

亀谷 加えて重要なのが、やはり「もしものときに、どんな医療を希望するか、もしくはしないか」という自分自身のリビングウィルと向き合い、家族と共有しておくこと。本の中では、家族がいない場合に家族以外の第三者にリビングウィルを託す方法も紹介していますが、「もしものとき」について話せる関係性というのはそれだけ信頼と愛情がある証拠です。
「あなただから話せる」「あなただから聞ける」という関係性が成り立つというのは、とても幸せなことですよね。「リビングウィルの共有は、最高の愛情表現ですよ」と私は説明しているんです。

-- ちなみに、お二人はお互いにリビングウィルの伝達を?

白﨑 はい、話し合っています。ちなみに私は「何もしないでほしい」と言っています。「外見が変わることはしないでね」って(笑)。
亀谷 彼女は「仕事が趣味です」と公言するくらい働き者なのですが、元気に長生きしていただきたいですね。ちなみに、私は今現在は救命処置を希望する旨を、お伝えしています。

-- 最後に、読者へメッセージをお願いします。

白﨑 本のタイトルは『命の教科書』ですが、命を守る医療に唯一絶対の正解はありません。延命治療をするのかしないのか、大きな病院で治療を受けるのか、暮らし慣れた自宅で治療を受けるのか、ベストな選択はその人の価値観や環境によって変わります。
 大事なのは、患者さんの意思を尊重することであり、私たち医療者はあくまで患者さんの大切な意思を実現するためのサポート役に過ぎません。命の選択に正解はありませんが、選択の材料として提供できる情報をこの1冊に集めました。
「私だったら、どんな医療を望むだろう? 家族はどんな希望を持っているだろう?」そんな問いに向き合う出発点に活用いただけたらと思います。

亀谷 医療者が表に立って、自分たちの言葉で「もしものとき」のための備えについてここまで詳しく書いた本は、今までなかったのではないでしょうか。移動時間などちょっとした合間にも読みやすい本に仕上げたつもりですので、気軽に手に取っていただければと思います。
 私はこれまで僻地医療の現場も数多く経験してきましたが、誰もが自分の人生の主人公であり、その人には人生の最後の最後まで、スポットライトが当たっているのです。この本は、すべての人が、「自分の健康や体のことは自分で決める」というのが当たり前の社会になるように、という願いが込められています。「もしもの時」に備える会話は、お互いの命に光をあてる時間になるはずです。ぜひこの本を材料として、始めてみてください。

*本書および対談内容は、著者個人の見解であり所属先を代表するものではありません。

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1,980円(10%税込)
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亀谷航平

かめがい・こうへい 1991年、愛知県生まれ。感染症専門医・在宅医。東京大学医学部卒。ラ・サール高校在学中に出場したNTV系のクイズ番組「全国高等学校クイズ選手権」で準優勝。東大医学部入学後も、2011年「最強の頭脳 日本一決定戦! 頭脳王」で優勝、続く13年にお同番組で連覇。
16年、全国有数の厳しい研修先ともいわれる沖縄県中部病院において、医師人生の第一歩を踏み出す。4年目の20年には最優秀研修医に贈られるBest resident awardを受賞。
また研修中に国際NGO[Taiwan Root]に参加し、HIV感染率がもっとも高い国であるエスワティニ王国での診療も行なった。
20年、年間100万人の観光客を受け入れる石垣島および周辺離島における唯一の感染症担当者に就任。当時治療法のなかった新型コロナウイルスの第1波より、臨床、重症患者の離島間搬送、感染管理、行政・住民対応などを一手に引き受ける。
21年より国立国際医療研究センター国際感染症センターフェローとして、国内外の感染症患者の診療、また「ひなた在宅クリニック山王」にて在宅医療に関わりながら、アカデミックな活動も精力的に行なっている。「患者と医療者の医療格差をなくす」ことをライフワークとする。
趣味は、ルアー釣り、ダイビング(PADIダイブマスター)、旅行(世界49か国訪問)。世界遺産検定マイスター。

白﨑加純

しらさき・かすみ 1992年、福井県生まれ。救急科専門医・集中治療専門医。金沢大学医薬保健学域医学類卒。農家の娘として育つも、学生時代に祖父母が病死したことがきっかけで医学の道を志すようになる。
金沢大進学後は、トップクラスの成績を修め、授業料免除、返済免除の奨学金を得て勉学に励む。大学5~6年の夏休みを利用して、ニューヨークおよびボストンへ短期留学を経験。グローバルな視座で広く医療を見つめ直すきっかけを得たのち、「ひとりでも多くの命を救いたい。多くの人々を幸せにしたい」との思いを強くし、救急医への道を選択する。
2017年金沢大卒業後は、沖縄県立中部病院で初期臨床研修医として1年目から1,500人もの救急症例を経験する。
19年からは聖路加国際病院救命救急センターで勤務、日々臨床の現場で研鑽を積んでいる。COVID-19パンデミックでは、国内2例目の患者を皮切りに積極的に患者を受け入れ、200人もの重症患者を担当、救命した経験から「救命後の患者および患者家族のケアが現在の医療に不足していること」を痛感する。以来、「集中治療室を退出したあとの患者と患者家族の長期予後」をテーマに臨床研究も行っている。
22年、日本救急医学会より史上最年少で丸茂賞を受賞。若手の救急医として注目を集めている。

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