よみタイ

トップクラスの登山家が語る「偽ピーク・本当の頂上」問題、 8000m峰の個性とリスク【石川直樹 特別対談/後編】

レスキューで負った怪我を乗り越えて、2024年14座登頂へ

ミンマ 14座の最後の山でしたね。石川さんと最初にシシャパンマに行った2023年は、二人の女性が「アメリカ人女性初の14座登頂」をかけて先を競っていたタイミングでした。結果、この女性二人とシェルパの合計4人が雪崩に巻き込まれて亡くなるという事故が起きてしまいます。私自身もこの時レスキュー活動で怪我をしました。

石川 レスキュー時に滑落して、頭蓋骨骨折をした?

ミンマ 雪崩が起きたのは2023年10月7日、頂上に向けて我々のチームも登攀しているときでした。登頂を競っていたアメリカ人女性の2チームがそれぞれ別のルートで先行して登っていたのですが、次々に雪崩に遭ってしまった。全員で6人いましたがシェルパ2人しか助かりませんでした。私はこの事故のレスキューの際に200mくらい滑落して、頭蓋骨、尾てい骨と、頬の骨を骨折しました。

石川 僕もこの雪崩も近くで目の当たりにしたんですが……。レスキュー後、ミンマは「頭を怪我しちゃったよ」くらいの感じで、頭から血を流しているのに僕たちと一緒に歩いて麓の村まで戻ったという……。あの時は『超人かっ!』て、思ったんだけど。

ミンマ 雪崩事故が起きたとき、レスキューに向かう人間がなかなか出てこなかったんです。シェルパたちも怖くなってしまったんだと思います。そういう状況の中で自分はレスキューに向かって、そして事故に遭ってしまった。助けてくれる人はいなかったので、自力で約2日ほどかけてベースキャンプまで下りました。医者に治療にあたってもらったときは本当にびっくりされましたね。今振り返ってみると、かなりクラクラするような経験だったし、本当に怖かったなと思います。

石川 この事故を受けて、2023年のシシャパンマは閉山になります。僕とミンマは翌2024年の10月に登頂できたわけなんですが、その時はパキスタン人の登山家、サルバース・ハーンもいました。彼もすごいクライマーですよね。

ミンマさん(左)とサルバースさん(右)。シシャパンマのキャンプ3にて  撮影/石川直樹(2024年)
ミンマさん(左)とサルバースさん(右)。シシャパンマのキャンプ3にて 撮影/石川直樹(2024年)

14座登頂を達成した今、考える登山の未来

ミンマ サルバースに初めて会ったのは2014年のK2でした。山で彼の様子を見て、すごく強い身体を持っていると思って「登山ガイドに興味がないか?」と声を掛けたんです。
ガイドとして一緒に登山をしたり、ベースキャンプでトレーニングをしていく中で、彼自身もかなり山の知識があるということも分かった。彼も親が山登りをしていたということもあり、わたしの境遇とも似ているところもありました。サルバースは、パキスタン人登山家としてもかなり有名になりましたね。

石川 パキスタンの人も、昔のシェルパたちと同じで、自分のための登山する人はいなかった。山は仕事の場所だったわけですよね。そういう背景もあって登山隊でキッチンボーイをしていたサルバースをミンマが見出して、いろいろな山に連れていって、技術を教えた。結果、彼は今ではパキスタンを代表する登山家になっています。
ミンマは、人を育てたり、若いシェルパにさまざまなことを伝えたりとか、後進の育成にも注力していますね。歳を取ると、いつかハードな高所登山の世界から身を引くときが来るかもしれません。自身の未来については、どう考えていますか?

ミンマ もし私が登山ガイドや活動をやめてしまったら、Imagine Nepal社のスタッフたちの仕事がなくなってしまうということも同時に考えてしまいますね。登山自体、自分のためだけではなく、スタッフのためにしているという気持ちもあります。もし私がガイドや登山自体をやめてしまったら彼らの人生も変えてしまうことになるので。

石川 でも、60歳とか70歳になったら8000m峰はもうおそらく登れないじゃないですか。その先のことはどう考えているんですか? ……三浦雄一郎さんは80歳でエベレスト登りましたけど。

ミンマ 80歳とか、そこまで長く登ろうとは思っていないですね。でも別のスポーツには興味があります。ネパールでクライマーを育てるという意味でも、登山と相性のいいスポーツもいいのかな、と。例えばスキーや、スカイダイビングとか……。こういった広がりから、さらに多くの人が携われるような場所が作れたらと思っていますし、ネパールの将来に繋がっていくといいですよね。

石川 ここまで話を聞いて、改めてミンマはネパールの山岳界、あるいはスポーツ界を変えていく存在でもあるんだな、と実感しました。

ミンマ 私も石川さんは本当に強いクライマーだと思っています。2024年にシシャパンマに登ったときは6日間という短い期間で登ることができましたが、これもお互いをちゃんと信頼して、理解し合っているからこそです。
登山では、どうしても一人ひとりのエゴが出てくる。さまざまな国から個性の強い人たちが遠征にやってきて、自分が1番先に登りたいっていう思いも強いです。エゴがなければもう少し平和に登頂できるのに……、と思うことはありますね。
2023年のシシャパンマでの事故はこういうエゴが引き起こしたとも言える。でも、石川さんは登山に来られているときに、惜しみなく協力してくれる。私はこういう、お互いエゴがない場所や関係性を作りたいと思っています。

石川 ありがとうございます。ここで、会場からの質問にも触れてみたいと思います。環境問題に対してどのようにアクションしていくか、という質問が来ているのですが、これに関してはどう考えていますか?

ミンマ ネパールは発展途上国ですし、工場も先進国ほどは多くないです。国土も小さな国なので、温暖化に関してのインパクトは少ない方なのかな、と。温暖化への悪影響、インパクトは、先進国によるものの方が極めて大きいのではないでしょうか。
一方で、実際にヒマラヤの氷河が溶け始めていることは事実としてある。こういう状況の中で、これからは新しい時代のシェルパたちがイニシアチブを取っていくのかもしれません。環境問題に関する教育を受けているので、知識も持っているし、山に投棄されたゴミに関しても綺麗にしていこうという動きが実際にあります。もちろん、まだまだ完璧ではないですが、かなり環境は改善されていくんじゃないかなと思っています。環境への取り組みがもっと行動に移されていくことが大切だと思いますし、期待したいですね。

石川 たしかに温暖化の原因を作っているのは先進国のほうで、ネパールはそうした先進国が引き起こした温暖化の影響をダイレクトに受ける側、ということはありますね。
……残念ながら時間となってしまったので対談もそろそろ終わりにしたいと思いますが……、いずれにしてもミンマは、僕にとって心から尊敬するシェルパです。今日は貴重な機会をありがとうござました。ミンマ、Thank you very much、ダンニャバード。

 前編はこちらから

石川直樹さんの写真展が開催中

2001年のエベレストから2024年シシャパンマ登頂まで――。
14座登頂の偉業を記念し、写真家・石川直樹さんの23年にわたる挑戦の軌跡を辿る写真展「With the Whole Earth Below」が開催中。50点超に及ぶ写真展示は圧巻。遠征中に使用されたウエア類や新作映像なども見ることができる。

開催期間: 3月22日(土)~4月20日(日)
開場時間:11:00〜19:00(最終日のみ15:00まで)
会場: 株式会社ゴールドウイン 東京本社
〒107-8570 東京都港区北青山3丁目5-6 青朋ビル
※入場無料

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

ミンマ・ギャルジェ・シェルパ(Mingma Gyalje Sherpa)

1986年ネパール生まれ。ネパールをはじめ、パキスタンやチベットなどでの高所登山やトレッキングをコーディネート・運営するImagine Nepal社を2016年に設立。高所登山のガイドとして、そして登山家として活動する。2022年に冬期K2の世界初登頂を果たし、2024年には8000m峰14座全ての無酸素登頂に成功。通称ミンマG。

石川直樹

1977年東京生まれ。写真家。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、ヒマラヤから都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。
2024年8000峰14座の登頂に成功する。ヒマラヤを撮影した写真集に『Qomolangma』『K2』『Lhotse』『Nanga Parbat』(いずれもSLANT刊)や、『チョ・オユー』(平凡社刊)などがある。

週間ランキング 今読まれているホットな記事