2023.8.31
自殺はどうしたら防げるのか? 1万人以上を診察してきた精神科医が教える「危険なサイン」
季節や年度の節目などは、子どもに限らず、自ら死を選ぶ人が増えるタイミングと言えます。
大切な人の「死にたい」というサインに気づいたとき、どうすればよいのでしょうか。
1万人以上を診察してきた、精神科医・産業医の井上智介さんによる著書『どうする? 家族のメンタル不調』より、自殺を防ぐために知っておくべきことをご紹介します。
自殺の危険度の高さはどう測る?
他人の行動を、完璧にコントロールすることはできません。悲しいことですが、自殺を完璧に防ぐ方法はないのです。私たち精神科医であっても、力が及ばないことはあります。
患者さんの行動や言葉が、どこまで自殺の衝動とつながっているのか、それを見抜くのは非常に難しいのです。
自殺の危険性について考えるとき、私たち医師がまず確認することは、患者さんに自殺の危険因子がどれだけあるかという点です。たとえば、過去に自殺未遂をしているかどうかは、とても重要な情報といえます。
それから、身近な人、つまり近親者や友人・知人に自殺者がいるかどうかも、必ず確認します。自殺がその人の身近にあるかどうかで、危険度は大きく変わってくるからです。
性別も一つの要因です。実際、自殺者の数は男性が約7割と圧倒的に多く、自殺未遂者では女性のほうが多いことがデータからわかっています。
そして、年齢も大事なポイント。年齢が上がれば上がるほど、自殺率も上がります。テレビの報道では若い人が亡くなるケースが大々的なニュースになりますが、全体的な数字で見ると中高年男性の自殺が最も多いといえます。あとは、近しいところで喪失体験をしていないか、という点もこまかくチェックします。
近しい人が亡くなるのは、喪失体験の代表的なものの一つ。家族、親類、ペットの死などは、心に大きく影を落とす一因です。離婚もあるでしょう。
病気によって仕事を失ったり、ギャンブルで大金をすっていたり、経済的に大きな損失を被ることも喪失体験に当たります。それから、訴訟問題。訴訟で金銭を失ったり、名誉を失ったりしているかもしれません。
こうしたポイントが、患者さんの「死にたい」という言葉の深刻度を確認するための手立てになります。
自殺のサインを見抜くのは至難の業
患者さんが自殺をはかったとき、ご家族は、
「自殺のサインはなかったのだろうか」
「もしかしたらあれは、自殺の兆候だったのかもしれない」
と、悩み苦しみます。しかし結局は、その悩みに答えを出すのは難しいし、一体何が自殺のサインなのか特定することはできません。言ってしまえば、ちょっとでも普段と違う行動をしていたのなら、それが自殺のサインである可能性は否定できないのです。
もっとも「普段と違う行動」が、ほんの些細な変化でしかないことも多いものです。ご家族にできることは、見守って、その変化を見逃さないことに尽きますが、そもそも予兆というものは、後からしか気づけないことのほうがずっと多いのです。
だから、なぜ気づかなかったのかと、自分を責める必要はありません。
ただ、自殺のサインとして典型的なものもあるので、いくつかご紹介しておきます。
たとえば、急に大切なものを整理するなど、身辺整理を始めたとき。大事にしていたものを誰かにあげたり、借りたままになっていたものを返したり、部屋をきれいに片づけはじめたりします。
情緒が不安定になるのもサインの一つ。急に涙ぐんだり、妙にそわそわしていたり、ひどくイラついていたりという変化を見せることがあります。飲酒量が増えたり、すべてに投げやりな態度を取るようになったりするのも、よくある変化です。
生きる気力を失うと、自分のことを大切にできないので、前から自転車がやってきても避けるようなことをしなかったりします。
他にも、自殺のことを口にしてみたり、ロープを買うなど準備をしたり、駅のホームに下見に行ったりしているケースもありますが、これは後からわかる場合も多く、見抜きにくいサインといえます。
正直なところ、後からなら何とでも言えるのです。そもそも、明らかにおかしい様子があれば、日頃サポートしているご家族が、患者さんを放っておくわけがありません。逆にいえば、自殺のサインとは、それだけ些細でわかりにくいものだということ。
私たちにできるのは、注意深く観察することだけです。