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がんばれないという事態が立ち現れたっていい——中島京子さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

がんばれないという事態が立ち現れたっていい——中島京子さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

6月24日、人気翻訳家・村井理子さんの読書案内&エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』が発売されます。
認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍――
ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開いた本は……?
読書家としても知られる村井さんの読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集です。

本書の刊行を記念して、連続書評特集をお届けします。

第1弾となる今回は、小説家の中島京子さんです。
『平成大家族』『小さいおうち』『長いお別れ』など、家族を題材とした作品も数多く執筆されている中島さんは、本書をどのように読んだのでしょうか。

(文/中島京子、構成/よみタイ編集部)
イラスト/塩川いづみ
イラスト/塩川いづみ

「老い」についての言葉にセンサーが反応

 村井さんの日常が切り取られるエッセイと、折々に読んだ本の紹介で綴られる本書の中で、ところどころでわたしのセンサーがぴきぴき反応するのが、「老い」についてだった。

「老いた人がたたえる独特の静けさと、そこに漂う悲しさを目撃しては、はっと息をのむ。老いとは、受け入れながらも翻弄されてしまうものだと確信する」

 認知症を発症したお義母さんのお世話をしているときに、村井さんが得た気づきだが、村井さん自身が、年を重ねて見つけた言葉とも言えるだろう。受け入れながらも翻弄される――。そう、わたしたちは誰も。お義母さんのこんな言葉にも、わたしは反応してしまう。

「でもね、やっぱり寂しく思いますね」「そりゃあ、こんな年になって、まったく知らない土地に連れてこられてしまって、右も左もわからないんですから」

 お義母さんは三十年以上も暮らした土地を「知らない土地」と感じて「故郷にどうしても戻りたい」「古くからの友達や親戚が多くいるんですよ」「みんなまだ元気ですから、助けてくれると思うんです」と訴える。うちの父の晩年もそうだった。「帰る」と言っては近所を徘徊してお巡りさんと家に戻ってきた。どこへ帰りたいのかと疑問だったが、俺が「右も左もわからない」はずはないんだ、それは自分のせいじゃない、いるべき場所にいないからなんだと、そう思っていたのだろう。老いによる記憶や体力の衰えを感じ、以前できていたことができないという場面に遭遇すると、その悔しさと切なさがわかる。

 わたしが村井さんを最初に知ったのは「ぎゅうぎゅう焼き」という料理レシピによってでもあるのだが、その村井さんが料理に情熱を失ったというのにも、驚いた。だけど、いいのだ。がんばらない、じゃなくて、がんばれないという事態が、立ち現れたって。村井さんは、とてもおいしそうにゆで卵を食べているから、それでいいのだ、ぜったいに。
 わたしにも、音信不通になった友人がいる。そして彼が失踪する前に自分がしたことを、わたしは後悔している。年を取るといろんなことがある。いろんな記憶が積み重なる。本の中に、自分の体験や感情に近いものを見つけると、ほっとする。いま、こうやって、わたしが村井さんの本に慰められたように。

(小説家・中島京子)

6月24日発売! 読書案内&エッセイ集

想定外の人生、かたわらには、犬と本。
大反響の既刊『兄の終い』『全員悪人』『家族』をめぐる濃厚エピソードと40冊。

人気翻訳家・村井理子さんの最新エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』の詳細はこちらから

『本を読んだら散歩に行こう』書評一覧
●中島京子さん がんばれないという事態が立ち現れたっていい——中島京子さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●三砂慶明さん 本に引き出された人生そのもの——三砂慶明さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●宮下奈都さん 片ときも休まず泳ぎ続ける回遊魚のように——宮下奈都さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●畠山理仁さん 本を開けば目の前に散歩道があらわれ、気がつけば村井さんが隣に——畠山理仁さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●東えりかさん 怒涛の出来事、なのに楽し気——東えりかさんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

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新刊紹介

中島京子

なかじま・きょうこ●1964年東京生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。早稲田国際日本語学校、出版社勤務を経て1996年にインターンシップ・プログラムスで渡米。翌年帰国、フリーライターとなる。2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で第143回直木三十五賞受賞。14年『妻が椎茸だったころ』で第42回泉鏡花文学賞受賞。15年『かたづの!』で第3回河合隼雄物語賞・第4回歴史時代作家クラブ作品賞・第28回柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞、『長いお別れ』で第10回中央公論文芸賞・第5回日本医療小説大賞をそれぞれ受賞、2020年『夢見る帝国図書館』で第30回紫式部文学賞を受賞、2022年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で第72回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞、2022年『やさしい猫』で第56回吉川英治文学賞受賞。
著書に、小説『イトウの恋』『平成大家族』『ゴースト』『キッドの運命』『オリーブの実るころ』、エッセイ『ワンダーランドに卒業はない』などがある。

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