よみタイ

怒涛の出来事、なのに楽しげ——東えりかさんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

怒涛の出来事、なのに楽しげ——東えりかさんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

人気翻訳家・村井理子さんの読書案内&エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』が発売されました。
認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍――
ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開いた本は……?
読書家としても知られる村井さんの読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集です。

本書の刊行を記念して、連続書評特集をお届けします。

第5弾の書評家の東えりかさんは、かつて村井さんに『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』の翻訳をすすめたという、村井さん曰く「恩人」ともいえる存在です。7月6日開催のB&Bでのトークイベントは、東さんがオンライン参加となったものの、20年来の村井理子ウォッチャーならではのデビュー秘話をはじめ、とっておきのエピソード連発で大いに盛り上がりました。計り知れない読書量と読書領域の広さを持ち、村井さんが書くものを辿り続けた東さんは、本書をどのように読んだのでしょうか。


(文/東えりか 構成/よみタイ編集部)
イラスト/塩川いづみ
イラスト/塩川いづみ

 その昔「本の雑誌」で椎名誠さんが活字に過度に執着を持つ人を「活字中毒者」と命名した。私はその活字中毒者を自認している。
 村井理子さんとの出会いも、この活字中毒のせいだ。20年ほど前、普通の会社員だった彼女のホームページに書かれていたアメリカ大統領のジョージ・ブッシュの珍発言集を読むのが大好きだった。後に『ブッシュ妄言録』『ブッシュ妄言録2』(ぺんぎん書房のち二見文庫)として出版されたのをきっかけにファンになった。初の訳書、ロザリーン・ヤング『初めての告白』(ぺんぎん書房)がイギリスで人気のマゾヒストで“フェティッシュ・モデル”の自叙伝だったのには驚かされた。
 彼女がブログを始めるとそれも追いかけた。家族のこと、愛犬のこと、仕事のことなど少しずつ「村井理子」のデータは私のなかに蓄積されていった。
 活字中毒者の真骨頂、書評家になった私は村井さんの訳したルイ・セロー『ヘンテコピープルUSA』(中央公論新社)を雑誌で紹介した。後にこの本の編集者が知人であったことを知り、村井さんがぐっと身近になった。
 翻訳書も癖の強いノンフィクションが多く、概ね私の好みに合った。連続殺人鬼、離婚しそうな夫婦、料理の出来ない女性に指南する料理研究家、過激な新興宗教の家族など精力的な仕事ぶりにいつも感心している。
 翻訳家だけでなくエッセイストとしての才能を知ったのは黒いラブラドールのハリーを飼い始めてからの日記『きみがいるから』(亜紀書房)を読んでからだ。腕白だけど憎めない黒ラブのハリーがめちゃくちゃ可愛い。犬とともに語られる双子の息子さんや、義理のご両親の話は身近なようで異次元。どの家庭も違うものだな。その程度の認識だったと思うのだ。
 それが大きく変わったのは2020年に出版され大反響を呼んだ『兄の終い』(亜紀書房)だった。遠い東北の地で急死したお兄さんの後始末の顚末てんまつは「事実は小説より奇なり」という格言そのものだった。
 その後の2年余り、次々と襲い掛かる自分の病気、両親の介護、子供の成長のエピソードは、怒涛の出来事であったはずだ。だが、どこか楽しげなエッセイとして発表された。
 新刊『本を読んだら散歩に行こう』はこの間の様々なことに振り回される日常をリセットするように読んだ40冊が紹介されている。
 2022年7月6日、下北沢の書店B&Bで一緒にトークイベントをおこなった。お会いするのを楽しみにしていたのに、直前に私の家族に新型コロナ陽性者が出てしまったため急遽リモートでの参加となったが、相変わらずキレッキレのトークを楽しませてもらった。
 彼女の魅力は独特の言語センスにあると思っている。NHKのテレビでも紹介された『母親になって後悔してる』(新潮社)という社会学の研究書への村井さん推薦コメントは「わかりみ本線日本海」。ものすごく共感しているのが伝わってくる。
 私と同じ村井さんも活字中毒者で、本に救われてきた。いつかハリーを撫でながら、読んだ本の話をポツポツと喋りたい。

(東えりか/書評家)

7月6日開催のB&Bでのトークイベント。翻訳家デビュー前の村井理子さんについて、知られざる詳細が東さんから語られるなど、冒頭から盛り上がった。
7月6日開催のB&Bでのトークイベント。翻訳家デビュー前の村井理子さんについて、知られざる詳細が東さんから語られるなど、冒頭から盛り上がった。

大好評発売中! 読書案内&エッセイ集

想定外の人生、かたわらには、犬と本。
大反響の既刊『兄の終い』『全員悪人』『家族』に連なる濃厚エピソードと40冊。

人気翻訳家・村井理子さんの最新エッセイ集『本を読んだら散歩に行こう』の詳細はこちらから

『本を読んだら散歩に行こう』書評一覧
●中島京子さん がんばれないという事態が立ち現れたっていい——中島京子さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●三砂慶明さん 本に引き出された人生そのもの——三砂慶明さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●宮下奈都さん 片ときも休まず泳ぎ続ける回遊魚のように——宮下奈都さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●畠山理仁さん 本を開けば目の前に散歩道があらわれ、気がつけば村井さんが隣に——畠山理仁さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
●東えりかさん 怒涛の出来事、なのに楽し気——東えりかさんが読む『本を読んだら散歩に行こう』

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

東えりか

書評家。千葉県生まれ。信州大学農学部卒。幼い頃から本が友だちで、片っ端から読み漁っていた。動物用医療器具関連会社の開発部に勤務の後1985年より小説家・北方謙三氏の秘書を務める。
2008年に書評家として独立。「週刊新潮」と「ミステリーマガジン」などでノンフィクションの書評担当のほか、「信濃毎日新聞」の書評委員。現在は小説の書評の仕事と半々。「NEWS本の雑誌」の記者でもある。好んで読むのは科学もの、歴史、古典芸能、冒険譚など。

週間ランキング 今読まれているホットな記事

  1. 「神戸大学以上の学歴の女性」としか結婚しないと決めた東大文一原理主義者【凹沢みなみ×『学歴狂の詩』紹介マンガ】

  2. 伊藤弘了「感想迷子のための映画入門」

    岩井俊二『Love Letter』のヒロインが一人二役である理由 ――あるいは「そっくり」であることの甘美な残酷さ

  3. 「学歴」というフィルターで世界を認識する狂人たち【小川哲×佐川恭一 学歴対談・前編】

  4. 新刊 : 佐川恭一
    笑いと狂気の学歴ノンフィクション

    学歴狂の詩

  5. 灘中高→4浪で東京都立大のナツ・ミートが『学歴狂の詩』を読み解く

  6. 小説家デビューは「受験勉強」で攻略できるのか?【小川哲×佐川恭一 学歴対談・後編】

  7. 佐川恭一「学歴狂の詩」

    「田舎の神童」の作り方【学歴狂の詩 無料公開中!】

  8. 佐川恭一「学歴狂の詩」

    「阪大みたいなもん、俺は三位で受かるっちゅうことや!」マウント気質が強い〈非リア王〉遠藤【学歴狂の詩 試し読み】

  9. 佐川恭一「学歴狂の詩」

    天才・濱慎平がつぶやいた「こんなんもう手の運動やん……」【学歴狂の詩 試し読み】

  10. 稲田俊輔「西の味、東の味。」

    武田信玄の野望を叶えた信州味噌

  1. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    女性用風俗に通う女性たちの心のうちを描くコミック新連載【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第1話前編】

  2. しろやぎ秋吾「白兎先生は働かない」

    同僚の先生に嫌われるのが怖かった教頭の決意【白兎先生は働かない 第14話】

  3. 野原広子「もう一度、君の声が聞けたなら」

    妻が逝った。オレ、もう笑えないかもしれない 第1話 さよなら、タマちゃん

  4. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    同世代の男にはもう懲りたと思っていたけど、新人セラピストの彼に出会って…【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第1話後編】

  5. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    普段は厳しい女性上司を演じているけど……SM専門女性用風俗で見つけた「本当の私」【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第4話】

  6. しろやぎ秋吾「白兎先生は働かない」

    「どうして管理職になってしまったんだろう」教頭先生の苦悩【白兎先生は働かない 第13話】

  7. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    30代独身女性が女風を利用して気づいた「一番大切にするべきなのは…」【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第2話後編】

  8. しろやぎ秋吾「白兎先生は働かない」

    絶対に定時で帰る中学校教師……その驚きの理由とは? 第1話 部活にはいきません

  9. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    容姿も仕事も平均以下……劣等感に苦しむ私が女風セラピストの〝沼〟にはまるまで【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第2話前編】

  10. なかはら・ももた/菅野久美子「私たちは癒されたい 女風に行ってもいいですか?」

    レスと離婚……私はまだ〝女〟なの? それを確かめたくて女風へ【漫画:なかはら・ももた/原作:菅野久美子「私たちは癒されたい」第3話】