2022.7.15
怒涛の出来事、なのに楽しげ——東えりかさんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍――。
ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開いた本は……?
読書家としても知られる村井さんの読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集です。
本書の刊行を記念して、連続書評特集をお届けします。
第5弾の書評家の東えりかさんは、かつて村井さんに『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』の翻訳をすすめたという、村井さん曰く「恩人」ともいえる存在です。7月6日開催のB&Bでのトークイベントは、東さんがオンライン参加となったものの、20年来の村井理子ウォッチャーならではのデビュー秘話をはじめ、とっておきのエピソード連発で大いに盛り上がりました。計り知れない読書量と読書領域の広さを持ち、村井さんが書くものを辿り続けた東さんは、本書をどのように読んだのでしょうか。
(文/東えりか 構成/よみタイ編集部)
その昔「本の雑誌」で椎名誠さんが活字に過度に執着を持つ人を「活字中毒者」と命名した。私はその活字中毒者を自認している。
村井理子さんとの出会いも、この活字中毒のせいだ。20年ほど前、普通の会社員だった彼女のホームページに書かれていたアメリカ大統領のジョージ・ブッシュの珍発言集を読むのが大好きだった。後に『ブッシュ妄言録』『ブッシュ妄言録2』(ぺんぎん書房のち二見文庫)として出版されたのをきっかけにファンになった。初の訳書、ロザリーン・ヤング『初めての告白』(ぺんぎん書房)がイギリスで人気のマゾヒストで“フェティッシュ・モデル”の自叙伝だったのには驚かされた。
彼女がブログを始めるとそれも追いかけた。家族のこと、愛犬のこと、仕事のことなど少しずつ「村井理子」のデータは私のなかに蓄積されていった。
活字中毒者の真骨頂、書評家になった私は村井さんの訳したルイ・セロー『ヘンテコピープルUSA』(中央公論新社)を雑誌で紹介した。後にこの本の編集者が知人であったことを知り、村井さんがぐっと身近になった。
翻訳書も癖の強いノンフィクションが多く、概ね私の好みに合った。連続殺人鬼、離婚しそうな夫婦、料理の出来ない女性に指南する料理研究家、過激な新興宗教の家族など精力的な仕事ぶりにいつも感心している。
翻訳家だけでなくエッセイストとしての才能を知ったのは黒いラブラドールのハリーを飼い始めてからの日記『犬がいるから』(亜紀書房)を読んでからだ。腕白だけど憎めない黒ラブのハリーがめちゃくちゃ可愛い。犬とともに語られる双子の息子さんや、義理のご両親の話は身近なようで異次元。どの家庭も違うものだな。その程度の認識だったと思うのだ。
それが大きく変わったのは2020年に出版され大反響を呼んだ『兄の終い』(亜紀書房)だった。遠い東北の地で急死したお兄さんの後始末の顚末は「事実は小説より奇なり」という格言そのものだった。
その後の2年余り、次々と襲い掛かる自分の病気、両親の介護、子供の成長のエピソードは、怒涛の出来事であったはずだ。だが、どこか楽しげなエッセイとして発表された。
新刊『本を読んだら散歩に行こう』はこの間の様々なことに振り回される日常をリセットするように読んだ40冊が紹介されている。
2022年7月6日、下北沢の書店B&Bで一緒にトークイベントをおこなった。お会いするのを楽しみにしていたのに、直前に私の家族に新型コロナ陽性者が出てしまったため急遽リモートでの参加となったが、相変わらずキレッキレのトークを楽しませてもらった。
彼女の魅力は独特の言語センスにあると思っている。NHKのテレビでも紹介された『母親になって後悔してる』(新潮社)という社会学の研究書への村井さん推薦コメントは「わかりみ本線日本海」。ものすごく共感しているのが伝わってくる。
私と同じ村井さんも活字中毒者で、本に救われてきた。いつかハリーを撫でながら、読んだ本の話をポツポツと喋りたい。
(東えりか/書評家)
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