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日めくり怪談 8月22日
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの最新書き下ろし怪談集『日めくり怪談』刊行を記念して、本文の中から選りすぐりのお話を一挙掲載。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

日めくり怪談 8月22日

 俺がバイト先の居酒屋に出勤した時なんだけど。
 うちの店は雑居ビルの最上階、七階にあって、いつもエレベーターを使っていくのね。
 その時も、上から箱が降りてくるのをしばらく待ってたな。で、ようやく来たエレベーターに乗りこんで、七階のボタンを押したら。
 目の前の階段を、女の人が駆け下りてきたんだ。
 いつのまにって驚いた。そこは古いビルだから、いつも階段を上り下りする音がうるさく反響するのよ。でもその時は、全然、足音が聞こえなかったんだよね。
 とはいえ、そのままビルを出ると思うから「閉ボタン」に指をかける。でも女の人は、まっすぐ俺の方に走ってくるんだよ。閉じかけたドアの隙間をすり抜けて、エレベーターに乗りこんできた。
 ええ、なんだあ? ちょっと慌てたね。だってエレベーターは上に向かう、そっちは急いで下りてきた。もしかして地下に行きたいのに勘違いしたのかな?
「これ、上りですよ」はっきりそう伝えたんだけど、向こうは俺の声が聞こえてないのか返事もなし。ぴったり扉前に立ったまま、階数表示のランプをじっと見上げているだけ。
 二十歳そこそこの若い人で、ふわっとしたフリルそでのワンピースを着ていた。可愛らしい格好なのに、やけに息が荒くて肩を上下させてて……なんだか切羽詰まってるような背中だった。
 七階で大丈夫なのかな……。確認しようとも思ったけど、なんだか声をかけづらい。二人きりの空間で、なるべく後ろに立って息を詰めてた。そのうち、エレベーターが七階に着き、ドアが開く。
 その瞬間、女の人は勢いよく外に飛びだした。そして前の階段をものすごい勢いで下りていったんだ。あっという間に、その姿は見えなくなった。
 何をしているのか、どこに向かおうとしているのか……でも俺は、とにかく鳥肌がたって仕方なかった。
 そこで初めて、女が裸足だったと気づいたからだ。
 ……ああ、だから足音がしなかったのね、と。

「かなりやばい女いたけど、大丈夫ですか?」
 店に着くなり店長に報告したら、予想外の答えが返ってきた。
「ああ、それなあ。皆じゃないけど、見るやつは見るらしいんだ」
 なんでも十年以上前、このビルから飛び降り自殺した女がいたらしい。それから時々、うちの店員が、死んだはずの女とエレベーターで出くわすことがある。皆が証言している服も背格好も変な行動も、俺が見たものと一致してるから間違いない、というのだ。
「またまた~」俺は笑い声をあげた。
「変な女がいたって聞いて、とっさに作り話してんじゃないですか?」
 その女の人はね、と店長は続けた。七階から飛び降りようと靴を脱いだんだけど、踏ん切りがつかず、何度も何度も階段を下りてはエレベーターで上がり、また下りて上がり……それを繰り返してたんだって。
「私は見たことないけど、皆が目撃してるのは、その時の様子なんだろうねえ」
 あの女の、はりつめた背中を思い浮かべた。店長の話は噓じゃない。俺もそう感じてはいた。でもあんまり怖すぎて、冗談めかすのが精一杯だった。
「ちょっと、からかわないでくださいよ~」
 ところが店長は、それを文字通りに受け取っちゃったんだ。
「じゃ、これからエレベーターに行ってみよう」
 仕方なく、店長と一緒に七階の廊下に出た。俺の乗ってきた箱は、まだ停止したままだった。「これだけは、見えない人でも全員わかることだから……」店長はそう言いながら、エレベーターのボタンを押した。すぐに扉が左右に開く。
 その瞬間、むわっと強烈な線香の匂いが、俺の鼻に飛び込んできた。

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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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