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日めくり怪談 8月8日
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの最新書き下ろし怪談集『日めくり怪談』刊行を記念して、本文の中から選りすぐりのお話を一挙掲載。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

日めくり怪談 8月8日

 どぼどぼ、どぼどぼ……
 深夜だというのに、なんだか工事の音がうるさくて寝つけない。
 さきほどから窓の外で、水を流すような低音が鳴り続けている。
 ──うるせえなあ、こんな時間に水道工事してんのかよ。
 無視しようとしても、やけに耳についてしまうから迷惑だ。しかも気のせいか、音は次第に勢いを増しているような。
 どぼぼ、どぼぼ……
 いや、確かにどんどんうるさくなっている。なにをどう工事しているのか。水を吸い上げているようではないし、道路に水をぶちまけてる訳でもなさそうだ。
 水をはった中に、また水を注いでいるような音。はじめは遠くの方で小さく鳴っていたのに、いつのまにか部屋のすぐそばまで──。
 そこでようやく気がついた。音は大きくなっているんじゃない。近づいてきているんだ。
 どぼぼぼぼ……
 それは今、この部屋の中で響いている。
 はっとして目を開けたが、暗闇でなにも見えない。金縛りというのか、体もうまく動かせない。
 ふわあ、と温かい空気が頰をなでた。鼻の中にも湿ったにおいが届いてくる。
 湯気だ。俺のすぐそばで、浴槽に湯がはられているんだ。
 どぼぼぼぼぼぼ……
 全身に力をこめると、指の先だけピクリと動いた。そこから金縛りが解けていく。なんとか上半身を起こし、枕元のリモコンで照明をつける。
 そのとたん、音はぴたりとやんだ。
 明るくなった部屋を見回したが、浴槽どころか変わった物はなに一つない。
 どうも、寝ぼけただけのようだ。半覚醒の中で、夢と現実が入り混じったんだろう。水でも飲もうかと、ベッドから足を下ろす。
 ぐしゅっ。足の裏に奇妙な感触が伝わった。
 カーペットの一部がびしょびしょに濡れている。慌てて上げたくるぶしが、ほんのり赤く濡れている。血か? そう思って確認してみるが、体のどこにも傷はない。それに血液にしては色が薄すぎる。
 こんな飲み物、こぼした覚えはないけどな……。
 箱に残っていたティッシュを全て使い、その水を拭き取った。そこでようやく眠りにつくことが出来た。
 
 昼過ぎあたりに目覚め、なにげなくケータイを確認してみて驚いた。仲の良い友人から、十回以上もの着信履歴が残されている。
 すぐにかけ直すと、友人は深刻な声で、ある名前を告げてきた。
 つい最近、自分に別れ話を切り出してきた女の名前だ。
 その彼女が昨夜、自宅マンションにて自殺を図ったというのだ。
 彼女は睡眠薬を飲んだ後、浴槽に身を沈めた。そして剃刀かみそりで自分の手首を切り、湯を出しっぱなしにしたまま、眠りについたのだという。
 そんな報告を聞きながら、ずっと足元のゴミ箱を見つめていた。
 薄紅色に染まった、大量のティッシュがあふれている。

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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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