2020.7.31
目覚めると、身に覚えのない血の跡が……

この前、僕が荷物搬送のアルバイトをしていた時だ。
一日だけコンビを組んだ五十代のオジさんが、運転中にこんな話をしてくれた。
彼の友人で、やはりドライバーをしている男の体験談だという。
ある朝、わけもなく不安になり目が覚めた。
布団から体を起こすと、そのまま足が車庫へと向いていく。自分の車は、きちんといつもの場所に収まっていた。しかし右のヘッドライトだけがいつもと違っていた。
なにか赤黒いものが、べっとりとそこに張りついている。
からからに乾いた血でこわばった、髪の毛の束だった。
車に向かって深々とおじぎした人の頭を、ブレーキも踏まずにはねれば、このようなものがくっつくだろうか。
あわてて記憶をめぐらせてみる。昨夜は仕事からの帰り、毎日通るルートでこの車を走らせた。酒など一滴も飲んでいない。なんの異常もなくスムーズに帰宅したはずだ。
いや、一度だけ、車体がガクンと傾きはした。ただそれは、ショートカットのため、未舗装の農道を走っていた時のこと。畑にはさまれたあの道は、一か所だけ大きなへこみがあり、そのポイントを通る一瞬だけ、車が右側に沈む。何か月も前からの、いつものことだ。
──なにもない。なにも起きてはいない。
その日は、車用洗剤で丁寧にヘッドライトを拭いてから出勤した。
