2021.7.27
この子は大人になる前に死ぬから
この子は大人になる前に死ぬから、あきらめなさい。
私の両親は生まれてすぐ、そう告げられました。告げたのは医者ではなく、名前を付けてもらいに行ったお坊さんから。
「あらかじめ戒名に使いやすい名前にしておきましょう。薬師如来さまの正式名からとって、〝瑠璃〟と」
ずっと懇意にしていた僧侶から言われたことを、父も母も受け入れました。すぐ死ぬことを前提にして、私は瑠璃と名付けられたのです。
病弱な赤ん坊ではなくとも、なにかしら予感めいたものがあったのでしょう。
これは後から聞いた話ですが。私が生まれてからというもの、家中の壁に黒い手形がつくようになったそうです。誰も触っていないのに、大きな家具がずれることも。それらの怪現象は特に、赤ちゃん用品やベビーベッドのそばで頻発していました。
我が子を連れていこうとするものの気配を、両親はおぼろげに感じていました。
自分自身の幼い記憶に残っているのは、一人の「お姉さん」です。家族でも親族でもない、時々あらわれてはすぐ消える、いつも笑顔の若い女。
「こっち、こっち」
ある時、三輪車に乗っていたら、お姉さんが道路の向こうから呼びかけてきました。きらめくような満面の笑みで手招きをしている。
なんだろう? 私は無邪気にそちらに近づいていきました。
キコ、キコ、キコ。
とたんに、体がふわりと浮いたように感じました。私はそのまま、三輪車ごと落下していきました。
お姉さんがいたのは、崖の向こう側だったのです。
幸い、たいした怪我はしませんでした。崖下から見上げた時にはもう、お姉さんの姿は消えていました。