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日めくり怪談 7月26日
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの最新書き下ろし怪談集『日めくり怪談』刊行を記念して、本文の中から選りすぐりのお話を一挙掲載。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

日めくり怪談 7月26日

 寝ている横で、彼が静かに呟いた。
「……小さい頃、隣の部屋が怖くてさあ」
 今日ようやく、彼の実家の両親に、結婚前の挨拶を済ませることができた。
 そのまま夕飯をごちそうになった後、客間に並べてもらった布団で横になる。
 そして、二人ともうとうとしかけたところだった。
「隣の部屋って、居間のこと?」私もささやき声で答えた。
「……ううん。そっち側に襖があって、隣の部屋に行けたはずなんだ」
 隣の部屋に行けたはず?
 彼の指す方には、がっしりした白い漆喰しっくい壁が、だいだい色の豆電球の明かりに浮かび上がっている。壁の向こうは、もう家の外のはずだ。
「……まあ、子どもの妄想だよ。本当はそんな襖も部屋もなかったんだけどね」
 この客間は元々、亡くなった祖父母の部屋だったそうだ。
 幼い彼は、ここに遊びにくるたび、奥の閉じた襖が気になっていたという。
 うちって、もう一つ隠し部屋があるのかなあ?
 そんな好奇心も芽生えた。でも襖の奥は、なにか見ちゃいけないものがありそうで、開くどころか隙間を覗くのもためらわれた。
「……爺ちゃん婆ちゃんも悪いんだよ。あの襖に触るな、隣の部屋には絶対入っちゃダメだって真面目な顔で言ってくるんだから……そりゃ子どもの妄想もふくらむって」
 その祖父母については、私も以前から聞かされている。両方とも、彼が七歳の時にたて続けに亡くなったという。まず祖父が肺炎で急死した後、祖母もたちまち衰弱し、後を追うようにったのだ、と。
「死ぬ時も一緒って理想の夫婦じゃない?」とは、彼がしみじみ漏らした感想だ。
「……二人が死んで、ここが客間になったとたん、不思議と襖が消えてしまって。両親に、隣の部屋はどうしたのか聞いてみたら」
 そんなもの初めからないだろう、と笑われた。そこで彼の幼い妄想も終わったのだ。
 なんだ、けっこうメルヘンな一面もあったんだな。今じゃすっかり現実的なことにしか興味を示さないくせに……。
 しゃべりながら眠ってしまったのだろう。彼の方からはもう、すうすうという寝息が聞こえるだけ。私も寝なくちゃ。瞼を閉じ、掛け布団をたくしあげる。
「……でも、俺、見たんだよな、一度だけ」
 私は目をつむったまま、なにを、とだけ返した。
「……二人が死ぬちょっと前。開いてたんだ、襖が……それで見るだけ見た、向こう側」
 ──その向こうは、なにもない土だけの部屋。床も壁も本当に茶色い土だけの、ガランとした部屋で……。
「……そこに、爺ちゃん、婆ちゃんが、二人で、背中むけて、正座してて……」
 そこでパタリと声がやんだので、ぼんやり彼の方を見てみる。すっかり目を閉じ、また寝息をたてはじめていた。寝ぼけてるのか、と思いながら体の向きを変える。
 その先に襖が見えた。
 確かに、さっきまで、ただの壁だった。でもそこに、ぴたりと閉じた襖がある。
 豆電球の薄闇に、いつのまにか、ぼんやり襖が照らされている。
「……いつか一緒に開けような」
 後ろで、彼が静かに呟いた。

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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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