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日めくり怪談 7月23日
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの最新書き下ろし怪談集『日めくり怪談』刊行を記念して、本文の中から選りすぐりのお話を一挙掲載。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

日めくり怪談 7月23日

 今から七十年ほど前、東北のある村で、八歳の女の子が見た出来事です。
 少女には、お気に入りの遊び場所がありました。村はずれの、ニレの大木がはえた小高い丘です。よく一人きりで木に登ったり、草むらに寝転がったりしたものでした。
 一人きりで、というのは、そこに友達の誰もついてこなかったからです。村の大人たちから、あの丘で遊ぶな、と厳しく言われていたのです。
「あそごさ、牛の首塚だがら、荒らしてはなんねえ」
 牛の首塚とはなんなのか。なぜ荒らしてはいけないのか。
 それ以上は誰も教えてくれませんでした。というより、大人たちだってなにも知らなかったのです。とにかく「牛の首塚に入ってはいけない」という決まりがあるだけでした。
 でも少女にとって、そんな決まりなど関係ありません。いっそ誰も来てくれない方が、丘の上で広々と遊べて都合がよいくらいでした。
 ところで、少女の家の隣には、三人家族が住んでいました。
 若い夫婦と、おしゅうとめさんが一人。その隣家から、夜ごと大きな声が響いてきたものです。意地悪な姑が、嫁をいびって怒鳴り散らしているのです。旦那は出稼ぎが多く留守がちだったので、お嫁さんをかばってくれる人は誰もいませんでした。
 そんなある日のこと。夜ふけに、少女の家の玄関がせわしなく叩かれました。なにごとかと親たちが出ていくと、隣の旦那さんが青ざめた顔で立ちつくしています。
「うちの婆ちゃん、いねぐなった!」
 昨日からずっと、お姑さんが行方不明だというのです。まだ頭もしっかりしているし、どこかに行く訳もない。心当たりはないかとまくしたてるのですが、少女の家族どころか、村の誰も見かけていません。
 そんな騒ぎを、少女は土間の脇から覗いていました。旦那さんの背後には、隣の奥さんがひっそり佇んでいます。皆から顔をそむけるように、斜め下を向いています。
 その口が、にいーっと笑っていたのを、少女は見逃しませんでした。
 慌てている大人たちの目には入っていない。自分だけが見てはいけないものを見たようで、背筋が寒くなりました。
 それから何日経っても、隣のお婆さんは帰ってきませんでした。
 山菜取りに山に入って、うっかり沢に流されてしまったのだろう。もうあきらめた方がいい。村の人たちは、そう旦那さんを諭しました。
 そんな折、少女がまた例の丘で遊んでいた時のことです。
 草花を摘んでいる途中、ふと妙な空気を感じて振り返りました。
 遠くから続く一本道を、誰かがこちらに歩いてきます。
 真夏の陽炎かげろうがゆらめいているので、ぼんやりした人影しか見えません。
 しかしゆっくり近づいてくるにつれ、その影の異様さがわかってきました。
 頭が大きすぎる。黒っぽいその頭は、人の何倍もの大きさがあり、なにやら角まではえている。
 まるで、牛の頭のようでした。
 少女は急いでニレの木陰に隠れました。じっと息をひそめて気配をうかがっていると、それは丘の前を通り過ぎ、向こうへ去っていったようです。
 そうっと木の陰から顔を出してみました。すると道の先に、隣の家の奥さんが立っていました。遠くから、じいっとこちらをにらんでいるのが見えたのです。
 とっさに視線から逃れました。少女はそのまま、死角になる位置を選び、ゆっくり丘を下りていこうとしました。
 そこでまた、奇妙なものを見つけてしまったのです。
 丘のふもとに、一部だけ草が生えていない箇所がありました。黒々とした土が、ふわりと盛り上がっています。まるで一度掘り返され、また埋め直されたような……。
 少女は、なにも気づかなかったことにして、家まで逃げ帰りました。
 
 ついこの前、近所でちょっとした騒ぎがありましたね。
 マンション建設中に、たくさんの骨が出てきてしまったそうです。
 細かく砕かれた牛の骨に交じって、古い人骨も発見されたのだとか。
 いえいえ、私はなにも知らないし、今さらなにを言ったって仕方ありません。
 八十年も生きていれば、自分が住んでいる土地の変な噂くらい知ってますよという、ただそれだけの話です。

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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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