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「首を前に突き出して覗くもの」の正体
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの書き下ろし怪談集『日めくり怪談』から選りすぐりのお話をご紹介します。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

「首を前に突き出して覗くもの」の正体

「それ」を最初に見たのは、五年前の深夜だった。

 いつもの居酒屋を出た後、酔い覚ましにうちの近所を散歩していた。
 その辺りは下町の、古い長屋が連なる裏路地だ。
 千鳥足でふらふら歩くうち、ふいに気になるものが目に入った。
 ある家の、古いトタン壁の前。
 下町ならではといおうか、休憩用の木の長椅子が道端に置かれている。
 そこに中年らしき男が一人、腰掛けている。
 ただ、その座り方が奇妙だった。男の体は、なぜか道路の反対側、後ろのトタン壁に向かっている。わざわざ壁との狭い隙間に足を置き、顔を壁にもたせかけているのだ。
 不審に思いつつ近づくうち、だんだんその姿がくっきり見えてきた。
 
 あっ、これはだめだ。
 喉元まで出た叫び声を、必死に押し殺す。
 男は背筋をピンと伸ばし、膝に握りこぶしを乗せている。そして首だけを前のめりに突き出している。
 しかしその顔面部分が、ぬうっと壁にめり込んでいるのだ。耳より前はトタン壁の中に消えている。まるで、家の中を覗いているようだった。
 怖ろしさに口を押さえ、足音をたてないよう、ひっそり男の後ろを通り過ぎていった。
 もし男が自分に気づいたら、こちらを振り向いたら、壁の中から顔を出したら……。
 家に帰り着くまで、生きた心地がしなかった。
 
 そして翌日。例の壁の向こうの家が、火事で焼けてしまったのである。
 自分のマンションの近くだったので、跡形もなく全焼している様が見て取れた。
 ──あの男は、いったいなんだったのだろう。家人に火事を知らせたかったのか、はたまた家人への怨念で自ら火事をよんだのか。それはわからないが、しかし──。

(イメージ画像/写真AC)
(イメージ画像/写真AC)
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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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