2021.7.15
内線電話から聞こえてくる声
私の実家は、佐賀県で会社を経営していました。同じ敷地内に事務所と自宅があり、二つは内線電話で繋がっていたのです。
小学生の私はたいへんな甘えん坊で、たびたび事務所に内線をかけ、母親を呼び出していました。プルルプルルと呼び出し音を鳴らせば、すぐに母が電話をとってくれます。
「お母さん! お母さん! タケシやけど!」と私が言い、
「なんね? タケシ! どがんかしたとね?」と母が応える。
これが毎回の、私と母とのやりとりでした。
あれは確か、小学校五年生の夏休みだったと思います。
昼間、例のごとく大した用事もないのに、仕事中の母に内線をかけました。
プルルプルル、カチャッ、と母が電話を取ったと感じた瞬間。
「お母さん! お母さん! タケシやけど!」
ところが、いつもはすぐ返ってくる母の答えがありません。
「あれ? お母さん! お母さん! タケシやけど!」
明らかに電話は繋がっていました。どうしたんだろう、と不思議がっていると。
……ぁぁん……さぁーん……
受話器の向こうから、声が微かに響いてきました。小さいというよりも、誰かが遠くから発しているようでした、最初は、受話器に耳を押し当てないと全く聞き取れませんでしたが。
……ぁさぁん……ぁぁさぁん……
だんだん、その声が受話器に近づいてきます。
……ぁぁさぁぁん……かぁぁぁさぁぁん
なんだろう、とすました私の耳に、
「おかぁぁぁぁさぁぁぁん!」
いきなり悲鳴がとどろきました。
びっくりした私は受話器をたたきつけ、通話を切りました。しばらく放心状態のままでいると、たまたま父が事務所から帰ってきました。