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日めくり怪談 7月8日
めくるたび、どんどん怖くなる。
『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの最新書き下ろし怪談集『日めくり怪談』刊行を記念して、本文の中から選りすぐりのお話を一挙掲載。
1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

日めくり怪談 7月8日

 母の歯は、ある時を境にぽろぽろと抜け落ち、全て無くなりました。
 もちろん入れ歯を用意しましたが、着けていたのは最初の頃だけ。どうにも具合が悪いのか、母はすぐにそれを外し、どこかに放り投げるようになりました。捨てられた入れ歯を見つけるたび、母の口に戻すのですが、すぐまたどこかに転がっている始末。そのうち私も諦めて、もはや入れ歯はベッド脇の机に放置されたままになっています。
 歯の無い母は寝たきりで、口にするのはおかゆや牛乳ばかりでした。
 しばらくすると、それすら手つかずのまま残されているので、無理やり飲み食いさせねばなりませんでした。そう、母が自ら食べ物を口に運んでいるのを見たのは、いつが最後だったでしょうか。
 しかし母は、歯の無い口でなにかをみ続けていたのです。
 薄暗い部屋を覗くといつも、なにもかもしんと静まりかえった中、ベッドの母の口元だけが忙しく動いています。枕元までいくと、こもりつつも耳障りな音が、確かに聞こえてきます。
 ペチャグチャゴリゴリ。
 母は、なにかを嚙んでいる。ただ口を動かし、つばをめぐらせているだけではない。軟らかいもの硬いもの水気のあるもの乾いたもの。それらが入り混じったなにかを、咀嚼そしゃくしている。
 こんな状態が十日ほど続きました。それとなく、動かしている口を開かせてみたこともあります。
 はい、あーん、あーんして。
 すると母は、ゴクリと大きくなにかを飲み込んでから、あーんと開きます。もちろん、口の中はからっぽです。
 その日も、母はペチャグチャゴリゴリとなにかを嚙んでいました。そこで私は、激しく動く口にそっと手を寄せ、ほおを両端からつまみました。牛乳の入ったコップを近づけ、飲ませてみようとしたのです。
 無理やり口を開かせ、牛乳を流し込んでいきます。母は抵抗しませんでしたが、すぐに口にふくんでいたものを吐いてしまいました。牛乳で白くまみれながらも、それの形ははっきり見て取れました。
 ベッドの上には、すずめほどの大きさの小鳥。その骨が丸ごと、吐き出されていたのです。
 いつのまにか母は、自らの両手の人差し指を、唇の両端にかけていました。そして二本の指を、ぐいっと上に持ちあげていったのです。
 見るまに母の口が左右につりあがります。どんどん耳まで裂けていきます。そうして開いた口の中には、数え切れないほどのきばがはえていました。
 母は牙だらけの口を、こちらに向かって大きく開きました。
 飲み込まれる。そう思い、一瞬だけ顔をそむけました。
 次に見た母は、目と口を開いたまま、枕に頭を沈めていました。
 ぽかりと開いた口には、牙どころか歯の一本もはえていませんでした。

 母は十日ほど前に亡くなっていたそうです。
 これが、母の死について私の知っている全てです。

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吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityo

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