2021.8.5
言葉で縫う、自分だけの物語の持つ強さ――作家・桜木紫乃が読む『限界風俗嬢』
性暴力の記憶、毒親、セックスレスや経済的DVなど、さまざまな事情で風俗の仕事を選んだ女性たち7人が、自らの思いを赤裸々に吐露しています。
帯には、小説家として多様な性愛の形を描いてきた作家であり、また20年以上にわたり「ストリップ」という性の舞台を鑑賞し続けてきた桜木紫乃さんが、下記の推薦文を寄せてくださいました。
――彼女たちには文体がある。限界はいつだって表現地点だ。
彼女たちの「文体」とは? 彼女たちが「表現」しているものとは何か――
桜木紫乃さんに『限界風俗嬢』を読んで感じたことをお話しいただきました。
(聞き手・構成/よみタイ編集部)
――今回、帯に推薦文を、というお願いでゲラをお送りしました。届いてから一日で読み終えてくださったと聞いて、驚きました。桜木さんは普段から読むのがそんなに早いのでしょうか?
私としては珍しいことです。仕事で読まないといけない本のために時間を取っておいて、それまで寝かせておいたりすることが多いんですが、今回は届いてから少し読み始めたら、一気に終わりまで読んでしまいました。それくらいやめ時がなくて、面白かった。
読んでいて、沢木耕太郎さんの『流星ひとつ』を思い出しました。あの本は、地の文がなくて、全部会話で構成されているんです。読んでいると、藤圭子その人が話している声が聞こえてくるんですね。今回の小野さんの書き方もそれに近いものを感じました。出てくる女性たちの声が聞こえてくる文章です。
――登場する7人の女性たちは、年齢も状況もそれぞれ異なりますが、桜木さんにとって特に印象的だった女性はどなたでしょうか。
第一章と第二章に出てくる、アヤメさんとリカさんです。このお二人は三章と四章でその後の追加取材もされていて、きっと小野さんも、それくらい心を惹かれたんだろうなというのがわかります。
ここで生い立ちを説明すると、「どこにでもある悲惨な話」になってしまいそうでうまく伝えられない気がするのだけど、アヤメさんは中学にあがる前に性暴力の被害に遭って、その後もその首謀者の先輩から、何年にもわたって強請られ続ける。お金を作るために、手当たり次第に売春をして過ごすわけです。
そのことを語るアヤメさんの言葉は、ものすごく淡々としていて、自己憐憫の湿度がまるでない。自分の物語の中に「女」がいないんです。女性は、自分の「女」の部分によって傷ついたり泣いたり立ち直ったりする。でもアヤメさんは「女」になる前に、性の現場に押し出されてしまった。
子どもを、残酷なものとか、性的なものからできるだけ遠ざけておこう、という世間の理ってありますよね。肉体や血の現実感って、大人にならないと理解ができないからだと思うんです。血が流れると、そこにある痛みを想像する。それが身につく以前に大人と同じものを見聞きすると、子どものままでその行為ができるようになってしまう。
アヤメさんからは、子どもがそのまま大きくなって、後から自分の経験したことを、その綻びを、言葉で必死に縫っているような印象を受けました。
そのアヤメさんの親友のリカさん。この子は、実の両親の離婚を機に、母親に捨てられかけて、再婚した義父に性暴力を受けます。母親はそれに気づかず、リカさんを徹底的に管理しようとする。18歳になったリカさんは、援交、風俗の仕事に明け暮れていく。これは、家庭から逃げるための方法だったんでしょう。
「家族というものは個の支えになるだけでなく、ときには個を崩しにかかる負の側面も持っているのだと、翻弄されたリカの言葉に思う。」
小野さんが書いているこの一文は、私が小説でずっと書いてきたテーマとも重なります。できるだけ離れて離れて生きるほうがいい親子関係もあると思う。リカさんの章に限らず、本全体を通して感じるのは、母親というものの罪深さです。母親は、産んだその時点で業を背負っている。出てくる女性たち全員の母親に思いを巡らせました。