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恋愛を通して「自分は多面的な人間である」と理解すること──竹田ダニエルが読み解く山下素童

山下素童さんの新刊『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』が注目を集めています。

今回『#Z世代的価値観』が話題の竹田ダニエルさんに、山下さんとの出会いと本書に関してご寄稿いただきました。

ゴールデン街での山下素童との出会い

山下素童さんとは、今年の夏に新宿のゴールデン街で初めてお会いした。

『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』の書影が6月に発表されてから、そのあまりに衝撃的なタイトルと帯文が気になったことがきっかけでフォローして相互になったものの、DMは送らないままだった。麻布競馬場とも共通の友達で、しかも集英社の担当編集者も同じ人だということで、かなり気になる要素が高い人物だった。

7月のある夜、ラジオの収録で仲良くなったキニマンス塚本ニキと新宿のサイゼリヤで駄弁った後に、元々行く予定だった映画の上映時間を完全に逃した我々は、ニキの行きつけのゴールデン街の店に流れ込んだ。それが自分にとってゴールデン街デビューだった。噂では色々と聞いていたものの、行ったことのないその場所は、まるで異世界に連れ去る迷路のようで、それぞれのバーではお互いの人生のごく一部を切り取りながら、まるで脚本に書かれたような奇妙な会話を客が繰り広げる。そういえば、今日は山下素童さんが店番してる日だったじゃないか、そう思い出し、酔った勢いでDMを送ったら、すぐに返事がきた。巷で話題のマチュカバーで待ち合わせをし、入り組んだ道に迷いながら行き着いたそこには、温和そうなポケッとした表情をした山下さんが待っていてくれた。

その時の会話でも印象的だったのは、彼は基本的に私やニキの話を静かに、うっすらと笑みを浮かべながら聞いているだけで、よくあるバーでの「大きな声で自分語りをする男性」とは程遠かったことだ。風俗のレポブログ書いてる人の文章とかどうせ女性を消費して自分のキモさに無自覚なんだろうな……とかデカい偏見を抱きながら、彼を若干煽るような会話を試みても、自分は「観察」されてるんだな、という感覚のみが残った。

後日、発売された本書を読み進めると、そこには自分の先入観が恥ずかしくなるくらい、深く自覚的な洞察力と慈愛があった。そして最も印象的だった彼の「観察する姿勢」こそが、この作品において重要な支柱となっているのだ。

モテとかセックスとかデートとか恋愛とか、幻想的な自意識の中での世界を求めるのに言語ではすれ違ったり、本性を表しきれない登場人物たちも極めて「日本的」であり、その詳細な描写がびっくりするくらい当たり前に埋め込まれていることに、同じく文章を書く仕事をする者として特段強く感動した。さらに、「山下氏はなぜモテるのか」という「謎」(女性と遊び慣れているようなタイプに一見見えないため)に言及している他のレビュアーも考察している通り、非モテでもなければモテ男でもない、客観的に見て「普通そう」な彼が、なぜここまで様々な女性に信頼を寄せられ、好かれるのだろうか、気になる人も多いだろう。自己投影や「自分を受け入れて欲しい」という欲求をぶつけながらも、女性の多面性を「見よう」とする彼の行為は、人間が求めている「ありのままの自分の姿を見て、受け入れてもらいたい」という行為に限りなく近いのではないだろうか。誰もが演技と表層的な「建前」で出会い、関わり続ける日本において、その相手の「化けの皮」が剥がれる瞬間が一番リアルで、本書はリアルこそがファンタジー的に描かれる。特段、自己問答が自覚的で、読む側としても共に成長できたような感覚が生まれるのだ。

恋愛で1番難しいのは「相手が多面的な人間である」事実を受け入れることだが、その過程を通して初めて「自分は多面的な人間である」と理解することもある。相手のことも自分のことも、完全に理解できなくても、一瞬でも「リアルな姿」を垣間見ることができたら、それだけでも十分、意味のある出会いだ。

山下素童さんの最新刊、好評発売中!

どうしたら正しいセックスができるのだろう――

風俗通いが趣味だったシステムエンジニアの著者が、ふとしたきっかけで通い始めた新宿ゴールデン街。
老若男女がつどう歴史ある飲み屋街での多様な出会いが、彼の人生を変えてしまう。

ユーモアと思索で心揺さぶる、新世代の私小説。

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竹田ダニエル

1997年生まれ、カリフォルニア出身、在住。「音楽と社会」を結びつける活動を行い、日本と海外のアーティストをつなげるエージェントとしても活躍する。2022年11月には、文芸誌「群像」での連載をまとめた初の著書『世界と私のA to Z』を刊行。最新刊は『#Z世代的価値観』。

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