2022.9.3
テレ東プロデューサー・祖父江里奈が麻布競馬場Twitter文学から受け取った「それでも生きていく」という強いメッセージ
「どんな人生になっちゃったとしても、それでも生きていく」
「3年4組のみんなへ」の主人公は、閉塞感に満ちた田舎を出て早稲田大学に入学し、メーカーに就職したものの僻地の工場勤務でうつになって東京から転落し、地元に戻って教師をしている。今年30歳になる彼が、卒業を控えた教え子たちに自分の人生を語る。
「たぶん先生は自分が特別な人間だと思っていたのです。(中略)ただ人を見下し、それでいて見下し続けるための努力もせず、(中略)今度は地面に這いつくばった自分が見下され笑われることの繰り返しで構成される惨めな人生だけが残りました」
もう逆転を諦めた主人公は自分の失敗した人生を生徒たちに語り、同じ道を歩まないようにと諭す。血反吐を吐くような思いで敗北を受け入れた彼の心は僧侶のように穏やかだ。幼い頃、彼の幸せな未来を願って「英語ができるようになりますように」とビートルズを聴かせていた母親の愛が、彼を支えている。
「30歳まで独身だったら結婚しよ」の清澄白河にマンションを買った独身OL。真っ暗な家に帰り、加湿器と観葉植物に水をあげる彼女。「いい年して」と笑われたジェラピケに着替え、冷蔵庫にある京都醸造のビールをひとりで飲む彼女。
「適当に個人タクシーに乗ってマンション名を告げると、『いいとこ住んでるんですね〜』とデリカシーのないことを言われたので無視して外を見ていました。そうだよ、私はいいマンションに住んでるんだよ。いい会社に入って、頑張って働いて、セクハラにもパワハラにも耐えて頑張って生きてるんだよ。」
私が女性だからか、この話の主人公には共感しすぎて泣けた。素敵なものに囲まれて、いかにも都会人っぽい振る舞いをし、強い言葉を吐きながら生きている。そうしないとうっかり簡単に崩れるかもしれないのは自分でもよく分かっているから。
それぞれの主人公たちはみんな、自分の人生を自嘲気味に振り返っている。みっともなさを受け入れる自分にどこか酔いしれているようにすら見える。諦めを受け入れたとき正気を保つために必要なのは、そういう気分に浸って浸って、浸り尽くすことなのかもしれない。
この本の登場人物たちに嘲笑を向けながら楽しむ人もいるだろう。それはそれで良い。でもこの本は、自分のダメなところを指摘されて傷つき、でもそんな自分のことが大好き!というような救いようのないこじらせ方をした人たちに熱烈に支持されると思う。私もそうです。きっとあなたも。
こんな文章ばっかり書いているのだから麻布競馬場さんという人はとても意地の悪い性格をしていると思う。実際、ネットの世界にアンチは多そうだ。それでも私がこんなに麻布さんの作品に惹かれる理由のひとつは、記される内容の最後に、「どんな人生になっちゃったとしても、それでも生きていく」という強いメッセージがあるからだ。「3年4組のみんなへ」はこう結ばれている。
「人を思うことを恐れないでください。自分なんて、と思わないでください。年収何千万とか、フェラーリに乗っているとか、偉そうな人にも必ずその人だけの地獄の苦しみがあります。だからこそ強がっているのです。(中略)みんなで生きましょう。死なず、死なせないようにしましょう。苦しみの中でこそ、他人の苦しみを思い、助け合いましょう。先生も、これから努力してゆきますから。」
自己愛の強過ぎる者が解放される方法、その一つは他者を愛することなのでしょう。それが、真実の愛ってやつなのかもしれないですね。
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