2022.9.3
テレ東プロデューサー・祖父江里奈が麻布競馬場Twitter文学から受け取った「それでも生きていく」という強いメッセージ
以前から麻布競馬場が書く「Twitter文学」のファンだったという祖父江さんに、麻布競馬場の新刊『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』の書評をご寄稿いただきました。
みっともなさを抱えながら自分に折り合いを付けて生きていく物語
「麻布競馬場って知ってる?」と友人に聞くと、「ああ、タワマン文学の」と返される。それほどTwitter界隈では知られた存在である麻布競馬場さん。タワーマンションで暮らす人々を皮肉やユーモアを交えて描写する「タワマン文学」の先駆者の一人だと思われがちだが、数々の作品を読み返すと意外とタワマンを扱ったものばかりではないということに気付く。そこに描かれているのは一様に、都会に憧れ、何者かになろうとし、葛藤の末みじめに破れた人間がそのみっともなさを抱えながら自分に折り合いを付けて生きていく物語だ。彼の描くタワマン文学のタワマンとは「身の程を超えたなにか大きな憧れのもの」とイコールなのだろう。
かくいう私もタワマン住人である。岐阜の田舎出身。実家のまわりは田んぼ。体育は苦手だけれど勉強は出来たアニメオタク。一年浪人して大学進学と同時に上京。テレビ局に就職し、あらゆる意味で過酷な業界を生き抜き、ギリギリ乗りこなし、でも恋愛だけはうまくいかず、32歳で新築のタワーマンションを一人で購入。35年ローンをコツコツ返す、酒と美容くらいしか趣味のない独身アラフォー女子。そう、私は麻布競馬場さんの書く主人公たちにとても良く似ている。ちなみに部屋は8階で、もちろん東京タワーなんて見えない。
「これは私のことだ。私のことが書いてある」という思いを見た人に抱かせるタイプのエンタメが私は好きだし、そういうものを生み出したいと思いながらテレビドラマの仕事をしている。麻布競馬場さんの作品の数々は私にとってまさにそういうものだった。
タワマンに住むようなタイプの人間への世の中の風当たりは厳しい。「タワマンを一人で買った」と言うと、だいたい周りの反応は私をバカにしたようなものばかりだった。
「今、高いじゃん。全然買いどきじゃないよね」
「あんな地盤の良くないとこ買ったの? ハザードマップ真っ赤だよ」
「結婚あきらめたの?笑 男連れ込み放題だね?笑笑」
みんな、愚かな女の愚かな選択が「30代、◯千万のタワマンを買った独身OLの末路」みたいなゴシップ記事の結末のようになることを期待している。
そんな中、「祖父江さんがタワマンに住んでるなんてガッカリだ。あんなにサブカル気取ってるくせに」という意外な方向からの批判もあった。どちらかというとこっちの方が私には堪えた。タワマンなんかに住む人間は浅はかで内面が面白くない、と言われた気分だった。「いやいやちょっと待ってくれよ、逆にさ、独身なのにタワマン買っちゃってる人間の方が内面を相当こじらせてんのよ。麻布競馬場を読めよ」という思いがこみ上げてきたのを覚えている。自分の抱えるルサンチマンを誰かに聞いて欲しい、という願望を抱える人は少なくないだろう。この本はそんな人達の思いを本当にうまく代弁している。
タワマンが登場するエンタメ作品では、その階層や収入格差から生じるカースト、マウントの取り合いといったドロドロの人間関係が扱われることが多い。しかしこの本の主人公たちはそうでない。独身で、孤独で、都会に憧れて出てきた見栄っ張りな田舎者。真面目な人も怠惰な人もいるけれど、どちらも何かを手に入れようとするも叶わず苦しんでいる。そしてそんな自分のことが、大好きで、可愛くて仕方がない人たちだと思う。