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いわくつきのクルーザーで目撃された人物の正体…『海の怪』より「海に墜ちる」

いわくつきのクルーザーで目撃された人物の正体…『海の怪』より「海に墜ちる」

 その事故から2年ほど経ち、冬が近づく11月の終わり、ぼくはテレビの撮影現場にいた。ぼくが原作を書いた「夜光虫」がドラマ化されることになったのだ。この話は、すべてヨットの上が舞台だったので、ぼくのヨットで撮影しようという話になった。しかし、撮影するにあたって、伴走艇が必要となる。そこで、友人に声をかけて船を借りることにした。これが、パラオに向かう途中で死者を出した船だったのだ。

 撮影クルーが乗船したところ、ぼくの船よりこちらの船のほうが大きかったので、ぼくの船を伴走艇にすることにした。死者を出した船をぼくが操船し、伴走艇になったぼくの船は友人が操船を担当した。

 撮影は進み、あたりはすっかり暗くなってきた。遅くとも夜の8時までに終わらせないと、みんな船酔いしてしまう。海に不慣れな者にとって、昏い海を走る船上では、とりわけ船酔いしやすいのだ。
 そこで、沖合で二隻をくっつけて、撮影が終わった人間からひとり、またひとりと伴走艇に乗り移ってもらうことになった。

 撮影も終盤に差し掛かった頃、若い男の役者が船酔いで苦しんでいるのに気づき、撮影が終わるまでキャビンで横になるように促した。キャビンにはベッドが置いてあって、その上にはハッチがある。ハッチは透明なアクリル板で、閉めればその上を人が歩けるようになっており、デッキライトがついているので、ベッドで寝ながら見上げると、薄暗いながらも外の風景が見える。

 撮影が終わって、テレビクルーも半分以上は伴走艇へと乗り移っていた。
 そろそろ彼を呼びにいこうと、キャビンに向かって声をかけた。船酔いは治まったらしく、顔色が戻っている。撮影が無事に終了し、クルーも引き上げつつあることを伝えると、彼は不思議そうな顔をして訊ねてきた。
「あのおじさんは誰ですか?」
 ハッチの上を音もなく人が歩いていったというのだ。見たこともない男性だと言う。もちろんその役者は撮影スタッフをみんな知っているし、クルーの多くは既にいない。

 そこで、彼にどんな人だったのか訊ねた。すると彼は言った。
「口ひげを生やした小柄な初老の人で、こんな季節なのに短パン一丁だったんですよ」
 ぼくの意識は一瞬で2年前に戻された――
 ヨットに乗っていると、「優雅ですね」とよく言われるが、船に乗るということは常に死と隣り合わせなのだ。それは決して忘れてはならない。

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貞子よりも恐ろしい…海をめぐる18話

ホラー界に金字塔を打ち立てた鈴木光司さんが、実話をもとに語る海への畏怖と恐怖に彩られた18のエピソード。
世界を船で渡った男だからこそ知る、海の底知れぬ魅力とそこに秘められた無限の恐怖とは……。
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鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。

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