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信長も家光も男色だった! 森蘭丸vs.お万の方、BL武将を翻弄して出世したのはどっち!?

世界中で今、「多様な性」への偏見をなくそうという動きが盛んです。同性同士の恋愛もその一つ。
しかし、日本には古くから「衆道(男色)」の文化が存在していました。
例えば織田信長が森蘭丸を寵愛したように、戦国大名には男色相手がいるのが一般的。一概に“性的マイノリティー”というわけではなかったのです。

今回は、書籍『東大教授も惚れる!  日本史 アッパレな女たち』の中から、「倒錯の美女対決 お万の方vs.森蘭丸」を抜粋してご紹介します。本書は、東大・史料編纂所の本郷和人教授が、日本史のさまざまな時代を彩ってきた女性たちの活躍をバトル形式で楽しく解説する1冊です。
あえて異なる時代を生きた歴史上の人物同士を“対決”させることで、それぞれの個性や魅力が際立ってくるのが読みどころ。本郷教授が取り上げた女性たちを、人気漫画家まんきつさんがイラストでユーモアたっぷりに描いているのも必見です!

ボーイッシュな尼僧姿が男色将軍を虜にしたお万の方と、天下の信長に寵愛された美丈夫・蘭丸。倒錯の美女対決、本郷教授の判定は果たしていかに……?

(構成/よみタイ編集部)

趣あり奥深いニッポンの衆道の歴史

 おまんかたは、もとは京都の六条ろくじょう家のお姫さま。ただ、お姫さまといっても、当時の貴族はそんなに裕福ではないし、六条家もあまり高い地位に昇るほどの家ではなかったです。だから、そこまでお姫さまお姫さましたセレブという感じではなかったかもしれません。

 この人は、伊勢神宮ゆかりの慶光院けいこういんというお寺の院主いんじゅになるはずでした。それで、お寺の大スポンサーである徳川将軍のもとに、挨拶に行った。まだ少女の身です。当時の将軍は、第三代家光いえみつ。その家光が、尼僧姿の彼女に妖しい萌え心を発し、「俺の側室にならない?」と熱心に誘ったわけです。家光という人は、もともとBLというか、男性が好きで、女性にはあまり興味がなかった。そうした家光だけに、頭を剃りこぼしたボーイッシュな少女の姿に、ハートをわしづかみにされてしまったのかもしれません。 運命とは不思議なもので、結果、彼女は還俗げんぞくし、江戸城の大奥に入ることになる。そして「お万の方」と名乗るようになりました。当時は、慶光院の院主になるより、家光の側室になるほうが勝ち組だったのでしょうね。

中性的な尼僧姿が男色将軍のハートを打ち抜いた? ©まんきつ/集英社
中性的な尼僧姿が男色将軍のハートを打ち抜いた? ©まんきつ/集英社

 家光はこのお万の方のことがいちばん好きだったといわれています。家光といえば乳母の春日局かすがのつぼねの存在が有名ですけど、春日局の亡き後、大奥の一切の取り仕切りを任されたのは彼女、お万の方。ちなみに、春日局のときの大奥は、どちらかというと質実剛健、質素倹約タイプの女の園だったのが、京都のお姫さまだったお万の方が取り仕切るようになってから、だんだん派手に『源氏物語』の宮廷風になっていったという話があります。

 大奥というと、これは都市伝説の類かもしれませんが、正室から跡継ぎが生まれることがほとんどなかった。実はそれは「大奥自体が密かにそう仕向けていた」という説もまことしやかにいわれています。

 将軍の正妻になるような女性は、相当上位の貴族出身だったりする。その貴族のお姫さまに子どもができて跡継ぎになると、将軍の母ということでその貴族の実家が、大きな権力を持ってしまう。「それは政治的にマズい」と、懐妊しても悪質な薬を飲ませたり、あるいは無事に生まれても大奥の闇に葬ってしまっていた。
 なにしろ大奥というところでは、どんなに美人だってトイレに行くわけですが、当時のトイレはいわゆるぼっとん便所ですよね。深い深い穴を掘っているわけですね。そこで用を足すんですけど、ある程度臭うかなと思ったら埋めちゃうわけですよね。ということは、そこに捨てられでもしたらもう……絶対に出てこないわけですね。完全犯罪。そんな完全犯罪が成立するというような話が大奥にはよくあるということで、大奥、恐いですね、という話です。だから視える人がいたら視てもらったらいいんじゃないかな。いや、それは怖いな。

 また、側室についても、30歳になったら「おしとね辞退」という暗黙の制度があったらしい。30歳を超えて将軍と夜をともにするようなことがあると「あの女は慎みがない」とか「色ボケめ」とか、さんざんディスられたそうなんです。女性が本当に美しくなるのは30過ぎだろうに……。あ、これは余計な独り言です。すいません。それにしても恐ろしい世界ですね。

 ということで、お万の方は結局、全然子どもを生まなかった。お万さんに子どもができなかったというのは、側室とはいえ、もしかしたらそういうことなのかもしれない。この辺になるとわからないですね。だけど、お万の方は、家光の死後ももっとも寵愛を受けた人ということで特別扱いされています。
 本来、将軍が亡くなると、ほかの男に嫁ぐなんてことは絶対に許されない。これがたとえば豊臣秀吉が亡くなった後だと、秀吉の愛した女性たちは、結構次の夫のもとへお嫁さんに行ったりしているんですよ。しかし徳川将軍の寵愛を受けた女性は、将軍が亡くなった後は強制的に出家させられて、無理やりにでも尼さんにさせられてしまう。
 ところがお万の方は家光が亡くなった後も出家せず、大奥の一切を取り仕切り、君臨し続けた。子どもを生むことはなかった人ですが、権力が好きな女性であれば、やりがいはあったかもしれないね。幸福な一生だったといえるのではないでしょうか。

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本郷和人

本郷和人(ほんごう・かずと)
1960年東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。
東京大学・同大学院にて石井進氏、五味文彦氏に師事し、日本中世史を学ぶ。著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』『承久の乱 日本史のターニングポイント』『戦いの日本史』『世渡りの日本史 苛烈なビジネスシーンでこそ役立つ「生き残り」戦略』、監修に『やばい日本史』など多数。
ドラマや漫画、アニメの時代考証にも携わり、識者としてはもちろん、日本史をわかりやすくおもしろく解説してくれる第一人者としても、各方面から引っ張りだこの存在。

まんきつ

1975年埼玉県生まれ。漫画家。
2015年に初の単行本『アル中ワンダーランド』を刊行。以降、『まんしゅう家の憂鬱』『湯遊ワンダーランド』など、独特の視点と描写によるコミックエッセイ、ルポ漫画が評判となる。2019年2月にペンネームを「まんしゅうきつこ」から「まんきつ」に改名。

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