2021.5.23
「『ハチミツとクローバー』は残酷だから安心できる」。読書猿さんが救われた傑作漫画3選
狂気の業の中にいる鬼才だらけの物語
2作目は『映像研には手を出すな!』。
人並み外れた空想力を持つ浅草みどり、お金の話が好きでプロデュース力に優れる金森さやか、カリスマ読モだがアニメーター志望の水崎ツバメの3人を主人公に、女子高生によるアニメ制作活動を描くストーリーで、私のようなオタクにはたまらない、弱小文化部系のテンプレを総搭載した作品です。
これも、「ハチクロ」と同様に、天才の描き方が画期的で、登場人物と作者の非凡な才能に打ちのめされます。正しく落ち込める漫画です。
「ハチクロ」との違いは、天才に困らせられる人たちが出てこない点。
モーツァルトにとってのサリエリのように、天才のそばで不幸になる人も登場しません。
「才能とは技術に御せられた狂気である」と、私は常々考えているのですが、本作の登場人物たちはまさに「アニメーションを作らねばならない」という狂気の業の中にいる鬼才だらけ。
水崎さんの「大半の人が細部を見なくても、私は私を救わなきゃいけないんだ」というつぶやきには、その鬼才ぶりが表れています。
近代的な自我よりも、才能の方が先に育ってしまったような高校生たちが、暴れ馬のようにベクトルの違う才能同士をぶつけあって、ひたすら創作活動に没頭。
学園ものにありがちな、恋愛や人間関係に悩むような心理描写も一切なし。
嫉妬する人も出てこず、誰も不幸にならない。
なのに、いやだからこそ、一度読み始めたら止まらなくなるほど、話の展開が、そして何より彼女たちのつくる作中作品が、魅力的で面白い!
まさに天才的な天才漫画なのです。
「学び」の逆境の時代だからこそ読んでほしい
最後に紹介するのは『せんせいのお人形』。
ネグレクトされていた少女スミカが教師の昭明と出会ったことによって学ぶことの意味を獲得し、目覚ましい「知」の発展を遂げていくストーリーです。
昭明がスミカを教育していく過程を描いた『マイ・フェア・レディ』的な要素もある作品なんですが、コミュニケーションというものは、教育にしろ一方通行にはならない。昭明も、周囲の他の人も、スミカが変わるのに応じて変わっていく。
スミカの再生と成長は、「学び」と「知」が人生にとっていかに無駄ではなく、生きることの根幹にあるものかを教えてくれます。
『独学大全』を書いている最中、「こんな普通のことを書いても意味がないんじゃないか」と考えて、筆が止まってしまった時期があったのですが、ちょうどそんな時に知人からこの漫画を教えてもらって読んで、ずいぶん励まされました。
今はすぐに金になることや役に立つことが重視されて、知識を得ることが尊敬されない傾向があります。学びには逆境の時代ですが、この作品を読むと、やっぱり学ぶことこそ生きる力で、私たちの足元を支えているものだと再認識できるはず。
全国の学級文庫においてほしい、ストレートに多くの人にぜひ読んでいただきたい漫画です!