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古典ギリシャ語を学ぶのはどんな人たち?「難解な言語」との向き合い方

大学外の古典語教室

 古典ギリシャ語の学習者は、大学の外側にもたくさんいらっしゃいます。私はNHK文化センターの青山教室で『古典ギリシャ語はじめの一歩』というオンライン講座を担当しているのですが、はじめは10数名だった受講者が少しずつ増えてきて、そろそろ20名になりそうなほど。こちらでは大学の授業よりもゆったりしたペースで(1年間でひと通り学ぶという縛りがないのは気楽なものです)、単語や例文を受講生と一緒に書き写したり発音したりしながら、文法事項の要点や練習問題の解説を進めています。時間に比較的ゆとりがあるので、受講生からの質問に答える機会も多めにとるようにして、双方向的なコミュニケーションを心がけています。日が暮れたあとの授業なので受講生の皆さんも大変だと思いますが、毎回の終了時には、皆さんとても晴れやかな表情で挨拶をしてくださいます。

 このような古典語の教室は探してみると意外と見つかるもので、私の知っているものだけでも東京府中の東京古典学舎や、NPO法人国立人文学研究所が運営するカルチャースクールKUNILABO、あるいは京都北白川にある山の学校――私も以前、ここで講師を務めていました――などがあります。いずれも複数の古典語講座(オンライン講座も多数あります)を開講しており、それぞれの場所で意欲的な学習者がいると想像されますから、古典ギリシャ語やラテン語を学ぶ同好の人たちの数は、けっして少なくなさそうです。ほかに自治体が運営する市民講座や区民講座、青山教室以外のNHK文化センターや朝日カルチャーセンターなどでも講座が開かれているので、ご関心をお持ちの方は、近くに教室がないか調べてみることをおすすめします。

 これに関連して、日本西洋古典学会のウェブページ(https://www.clsoc.jp)のことを思い出しました。西洋古典学というのは、要するに古代ギリシャ・ローマを対象とする学問領域のこと。日本におけるその学問領域の振興を目的として、1950年にこの学会が設立されたそうです。ウェブページを覗いてみると、学会の大会や各種研究会の案内だけでなく、西洋古典にかかわるエッセイ、古典に関心のある方々からの質問に答えるQ&Aなどが設けられており、様々な面白い記事を読むことができます。そのなかに「ギリシア語ラテン語を学べる教室」というコーナーがあり、京阪神地域、関東、名古屋、札幌、四国といった地域別に、古典語の教室が紹介されています。どうぞ参考になさってください。

 あるいは教室に通わずに、いわゆる「独学」で古典ギリシャ語を学んでいる方も多いようです。そのような学習者の役に立てばと思って、私は数年前に『しっかり学ぶ初級古典ギリシャ語』(ベレ出版 2021年)という教本を書きました。大学などの教室に通わなくても、この言語の基本を独力で学べるように構成した本です。

 従来の教科書は多くの場合、教室での使用が念頭に置かれているため説明が簡素で、練習問題はあっても解答が付いていませんでした。これで「独学」するのはなかなか大変なことでしょう。より入門的な書籍も出ていますが、こちらは最初の一歩を踏み出すのにはよくても、あくまでもごく初歩の内容を扱うだけです。このような現状認識のもと『しっかり学ぶ』は、教科書では授業に任されているような説明をつけ、読みながら講義を受けているような感覚で、初級の文法をひと通り学べるように構成しました。説明を読んだらその理解を練習問題で確認し、巻末の解答を使って答え合わせをすることもできます。「はじめに」や「おわりに」では学習上のアドバイスなどもしています。

 この本を刊行した後、その宣伝もかねてTwitter(現在のX、私のアカウントは@graecamdiscamusです)を始めたところ、じつに多くの古典ギリシャ語学習者の皆さんと繋がりを持つことができました。学生時代に一度したまま放置していた勉強を再開したとか、ずっと憧れていたこの言語をはじめて最後まで学べたといった報告をいただけるのは、とても嬉しいことです。ほかにも、勉強の進捗をつぶやいてくれる人、練習問題を解いたり語形変化を練習したりする際のノートを写真に撮ってくれる人、疑問に思った点やその解決案を考えてシェアしてくれる人、DMで質問をしてくれる人、古代ギリシャ関係の講座・イベント情報やそれに参加した感想を記してくれる人、ご自身の創作した絵や文章を披露してくれる人……などなど、様々な人たちと言葉を交わすなかで、古典ギリシャ語や古代ギリシャについて学ぶのは面白く楽しいことなのだなぁと、私自身が気づかせてもらった気がします。

挫折の多かった学習体験

 じつを言うと私自身の学習体験は、楽しいという実感とはあまり結びついていませんでした。私は大学に入学する前から人文学という学問領域に漠然とした憧れを抱いていて、いずれはそれを専門的に研究したい、もし可能であれば研究者として生きていきたいと思っていました。そのような私にとって、古典ギリシャ語の勉強は「必要なこと」であり「乗り越えなくてはいけないもの」だった――このように書くと、古典語を学びながら当時たしかに感じていた様々な喜び、興奮、充足感などが無視されてしまうようにも思いますが、それでもそれが緊張や歯痒さ、あるいは不安を伴う体験だったことは間違いありません。

 私にとっての古典ギリシャ語学習の始まりは、けっして順調なものではありませんでした。大きな憧れをもって大学に進み、さっそく授業を履修してみたものの、この言語が持つ厄介な特徴(とくに多様な語形変化)を前にして、当初のやる気はすぐに萎えてしまいました。教室からも次第に足が遠のき、1年目の勉強は完全に失敗に終わったと言ってよいでしょう。でも何だか満たされない思いが残ったようで、2年目にまた挑戦——そのときにも途中で放り出してしまいました。そうこうするうち、何度目かのトライでようやく初級文法を最後まで学んだのですが、それから講読に進むとまた別の壁が、講読に慣れてきたと思ったらまた次の困難が立ちはだかるといった具合でした。いつになったら読めるようになるのかな……自分は本当に研究者になれるのかな……といった感じで、ずいぶん自信のない時間を長く過ごしたように思います。

 そのような経験のある私にとって、あちこちの教室やウェブ上で出会う学習者の存在は、新鮮な驚きだったのです。彼らの多くは専門家になるわけではありませんが、なにかのきっかけで古典語に関心を持つようになり、きっと躊躇いなども経たうえで(だって古典語はよく「難しい」と言われますし、それぞれに日々の生活を送るなかで勉強してゆくことになるのですから)じつに楽しそうに古典ギリシャ語を学んでいる。そうか、古典ギリシャ語を学ぶのは楽しいことなのか、だったらそこにどんな楽しさが見つかるか、私も一緒に探してみよう——最近はそのような気持ちで授業をしたり、日々の情報発信をしたりしています。

 このように書いてきて、大学受験に失敗した後、一年間を過ごした予備校のパンフレットに記されていた、ある言葉を思い出します。そこには受験生に向けて、講師陣から様々な熱のこもったメッセージが並んでいたのですが、そのなかにひと言「勉強は楽しい」とだけ記している先生がいらっしゃいました。当時はこれを、予備校でのつらい浪人生活も、楽しいと思って過ごすのがよいというくらいの意味で読み、なんとなく「そんなものかなぁ」と思っていました。しかしいまではその真意がよく分かるような気がします。

 この記事を締めくくるにあたって、私からも繰り返させてください。勉強は本当に楽しいですよ、古典語でもほかのどんなものであっても。学ぼうという一歩を踏み出しさえすれば、そこには大きな可能性が広がっているはずです。様々なことに気づきながら自身の心を喜ばせるような時間が、皆さんにあることを祈っています。私も同好の人々と一緒に、これからも楽しく勉強を続けていこうと思っています。

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堀川宏

獨協大学准教授。1981年山梨県生まれ。2012年京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。2016年京都大学博士(文学)。訳書として『古代ギリシャ語語彙集 基本語から歴史/哲学/文学/新約聖書まで』(共訳、大阪公立大学共同出版会)と『アポロニオス・ロディオスアルゴナウティカ』(京都大学学術出版会)、著書として『反「大学改革」論 若手からの問題提起』(共著、ナカニシヤ出版)がある。

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