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選手&監督として近鉄バファローズで優勝した唯一の男! 梨田昌孝の「近鉄魂」とは!?

取材は梨田氏の地元、伊丹にて。選手時代、監督時代……近鉄バファローズへの想いはつきなかった……。
取材は梨田氏の地元、伊丹にて。選手時代、監督時代……近鉄バファローズへの想いはつきなかった……。

有田修三という強烈なライバルが、梨田を育てた!

西本への反抗から“こんにゃく打法”が生まれ、梨田と有田のライバル関係がチームのエンジンになっていく。スターティングメンバーから外れた梨田は自軍ベンチで有田のリードを観察していた。

「キャッチャーというポジションはケガが多い。有田さんが守ってくれれば、僕は休めて、体をケアができる。有田さんの配球をじっくり見たし、バッターのボールの見逃し方やピッチャーの癖をチェックしました。実際にマスクをかぶるときとは違う角度から野球を見ていました」

常にもうひとりのキャッチャーと比べられる緊張感が梨田を育てた。有田のリードが梨田を大きくした。同じことが、有田にも言える。

「ふたりのキャッチャーがいることで、チームとしての配球の幅は広がったでしょう。僕は有田さんのリードを見ながら『そんな球を投げさせるのか』『俺ならこうするのに』とシミュレーションをしていました。『ああ、やっぱりこれか』『全然、違ったな』と答え合わせをしながらね。それがすごく僕は生きたと思います」

明日の試合、次の打席で出番があるかもしれない。これほど生きたレッスンはなかなか経験できないだろう。ふたりのライバル関係は、1985年シーズン途中に有田が読売ジャイアンツに移籍するまで続いた。

「たしかに、ふたりの性格はまったく違った。あんまり好きな性格じゃなかったけど、それは有田さんもそうだったかもしれないね(笑)。もちろん、ふたりで食事にいったことはありません。大勢で飲んでいるときには、どんなことを話すのかをしっかり聞いていましたけど。気になる存在でした」

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元永知宏

もとなが・ともひろ●1968年、愛媛県生まれ。立教大学野球部4年時に、23年ぶりの東京六大学リーグ優勝を経験。大学卒業後、ぴあ、KADOKAWAなど出版社勤務を経て、フリーランスに。『期待はずれのドラフト1位――逆境からのそれぞれのリベンジ』『敗北を力に! 甲子園の敗者たち』『レギュラーになれなかったきみへ』(いずれも岩波書店)、『殴られて野球はうまくなる!?』(講談社)、『敗者復活 地獄をみたドラフト1位、第二の人生』(河出書房新社)、『荒木大輔のいた1980年の甲子園』(集英社)、『補欠の力 広陵OBはなぜ卒業後に成長するのか?』(ぴあ)、『野球を裏切らない――負けないエース 斉藤和巳』(インプレス)などの著書がある

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