2026.4.11
完全無欠のヒーロー・ディープインパクトとは何だったのか【人生競馬場 第9回】
『花束みたいな恋をした』みたいなカップルはクリスマスに競馬場に行かない
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競馬に話を戻そう。ここでディープインパクト活躍時の競馬場の入場者数と売り上げに注目したい。ディープインパクトが走っていた時期、基本的に入場者数は増えていたようだが、実は売り上げは伸びていない。年末のグランプリレース・有馬記念を対象として見てみると、有馬記念の入場者数の最高記録はオグリキャップが勝った1990年の17万7779人。対してディープの引退レースとして話題になった2006年の有馬記念の入場者数は11万7251人。レース前はオグリキャップの記録を塗り替えるかと言われるほどだったが、予想をはるかに下回る結果となった(ただし、ディープ初の有馬記念出走となった2005年は16万人を動員している)。また売り上げの最高記録はサクラローレルが勝った1996年の875億104万2400円。その後2000年代に入ると大体が500億円台で安定したが、ディープインパクトの2006年有馬記念の売り上げは440億円と低迷した。このことから、馬券購入の有力層(当時40~60代)はディープに惹かれていなかったこと、そしてディープインパクト・フィーバーに乗った若者はディープを見に競馬場には行ったが、ギャンブルにはあまり参加していなかったということが推察される。
また、JRAの発表によれば年間売上は表のようになっている。

この表を見ると、JRAの売り上げは1997年(平成9年)をピークに、2010年まで連続で減少していることがわかる。武騎手はディープインパクトが競馬界を救ったと語ったが、実際の数字を見るとディープインパクトの活躍した2005年(平成17年)、2006年(平成18年)も、売り上げ減少に歯止めがかかったわけではない。馬券の売り上げが伸びなかったということは、当時馬券購入の平均層となっていたであろうハイセイコー/オグリキャップ世代にとって、やはり「英雄」ディープインパクトは皇帝シンボリルドルフらと変わらず「鼻持ちならないエリート」に過ぎなかったということを示している――と捉えても的外れではないだろう。当時の馬券売り上げはもともと減少傾向にあったためディープインパクトが悪いわけではもちろんないが、JRAの強いプッシュを考えると明らかに売上面でのディープインパクトは「期待外れ」であり、「商品」としては失敗だった。具体的には覚えていないが、ディープをフィーチャーするプロモーションの仕方にも問題はあったのかもしれない。ディープインパクトの主な「支持層」であろう、エリートアレルギーのない若年層に向けてその魅力をアピールしても――ギャンブルに興味が薄く、持っているお金も少ないため――馬券購入にはなかなかつながらない。ハルウララのことを「動物園のパンダと変わらない」と揶揄した者もいたが、ディープインパクトに対するファンの意識も――極端に言えば――それとさほど変わらないものだったのかもしれない。
また、2006年の有馬記念の入場者が11万人という(20万人とも予想されていたにしては)寂しい結果に終わったことは、ディープインパクトが若年層にしか「刺さって」いなかったことを裏付けている、という意見も当時はよく見られた。なぜなら、2006年の有馬記念は12月24日に開催されたからである。ファンのメインが若年層であるため、競馬よりも恋人を優先する者が続出した結果、20万人どころか平年よりも少ない入場者数に落ち着いてしまったのだ、という意見である。クリスマスにあまりいい思い出のなかった私にしてみれば「イチャこいてねえで競馬観ろよ!今年の有馬は普通の有馬じゃねえぞ!」という感じだったのだが、まあいま思えば若いってそういうことだよなあとも思う。スマッシュヒットを記録した映画『花束みたいな恋をした』の菅田将暉と有村架純のめっちゃうまくいってる時みたいなカップルがおそらくは無数に存在しただろう世代が、クリスマスに中山競馬場に出かけたりテレビにかじりついたりして「タケ―!!」「サセッ、サセッ!!」とか叫んだりはしない。恋人と部屋の中で抱き合っているほうが有意義に決まっている。「あ、そういや今日、有馬記念なんだよね」「アリマキネン?」「競馬。ちょっと観ていい?」「だあめ。私のこと見て」「ほんと十分だけ。いや、三分で終わるから!」「だめー♡」→キスしてベッドに倒れ込む二人。三時、テレビは暗いまま。三時半、有馬記念発走。ディープインパクト勝利。四時、二人はまだベッドの中で抱き合っている。有馬記念でディープが勝ったのかどうか、男はまだ知らないままなのだった……みたいなことをしてたほうが絶対いいに決まっているのである。
ちょっと興奮して何の話だったか忘れてしまった。そう、競馬の売り上げの話だった。近年、上のグラフを見てもらえばわかるとおり、競馬の売り上げはインターネットでの購入も一般化して上昇傾向にある。最近の私は「子供の教育に悪い」ということで競馬観戦を封じられ、また昔のように研究する時間もないので馬券を買えていないのだが、JRAとしては暗黒期を抜けて全盛期の売り上げに迫っていこうという感じであろう。ディープインパクトは競馬界暗黒の時代に現れ、「競馬」そのものを社会に広く認知させ、その後の売り上げ回復の「地ならし」をしたのだ、という見方もできるだろう。よく言えば、JRAもその種をしっかり蒔いたということだったのかもしれない。馬券を買わずにディープインパクトを見て競馬を知った世代が、いまや中年として破滅的な馬券師になっているかもしれないのだから……
私もまた、執筆の仕事がなくなり、子供が大きくなって相手にもされなくなり、何もかもがどうでもよくなった時、再び主戦場だった京都競馬場に舞い戻るだろう。そして「ワシはこう見えてな、もともとは小説書いとったんや、集英社からも本出とるんや」と周りの人たちに自慢話をし、めちゃくちゃウザがられながらアホみたいな穴馬券を握りしめ、唾を飛ばしてジョッキーの名前を叫んでいるだろう。たぶん、それは「ダサい」とか「終わっている」とか言われる「ジジイ」の典型例である。しかし、私は心からそれが「ダサい」とか「終わっている」とか、そんな風には思えていない。小4の頃から競馬を観ている私にとって、それはごく一般的な中高年のイメージとして在り続けているのである。
次回連載第10回は5/9(土)公開予定です。
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あまりの面白さに一気読み!
受験生も、かつて受験生だった人も、
みんな読むべき異形の青春記。
——森見登美彦(京大卒小説家)
最高でした。
第15章で〈非リア王〉遠藤が現役で京大を落ちた時、
思わず「ヨッシャ!」ってなりました。
——小川哲(小説家・東大卒)
ものすごくキモくて、ありえないほど懐かしい。
——ベテランち(東大医学部YouTuber)
なぜ我々は〈学歴〉に囚われるのか?
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