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みんながほしいサービスなのにどうして提供されていない? 魚のさばき屋さんの「価格」を考える

「価格」をつけることからはじめよう

 これこそ私が始めるべき「そこそこ起業」だと興奮しつつ、「魚のさばき屋」さんをキッチンカーで始めるとして、最低限の初期投資と一日の売上がどれくらいになるかしらと、よく遊びに行く漁港の釣り船の数と一日あたりの釣果を確かめ始めたのですが……ふと、「みんながほしいサービスが、未だにほとんど提供されていないのはなぜなんだ?」という疑問が湧き、考え込んでしまいました。

 ニーズのあるところにサービスが生まれる。経営学以前の常識だと思います。
ところが、「世界中の釣り人の共通のニーズ」である「釣った魚をさばいてくれるサービス」そのものが、「釣り人の駅」を含めて日本には数えるほどしか有りません。ニーズがあるのに、サービスが生まれないというのはどういうことなのでしょうか?

 そんなことを考えている時に思い出したのが、以下のVatinの価値評価に関する論文です。

Vatin, F. (2013) “Valuation as Evaluating and Valorizing”, Valuation Studies, Vol. 1, No. 1, pp. 31-50.

 商品やサービスの価値は、いかにして生まれるのか?

 私達はついつい、そのサービスが希少であるとか、その商品に用いられている素材や技術が高価であるとか、提供するのに大変な労力がかかっているとか、商品・サービスに内在する何かに「価値」の源泉があると考えがちです。

 それに対してVatinは「価値評価のもとで、価値が発生する」という、大胆なアプローチを試みます。例えば金は、それそのものはただの鉱物でしか有りません。金1gあたりの換算金額という、価値評価の指標とセットとなって初めて鉱物としての金は、他の商品やサービスと交換可能な「財産」という価値が生じているわけです。

 これは金のような鉱物資源に限った話では有りません。私達が勉強を通じて蓄積した知識や、肉体を利用して提供する労働といった人間活動そのものも、成績やノルマの達成度などで「評価される」ことで初めて、金銭(給与)と交換が可能になり価値が生まれます。

 このVatinの考え方を踏まえると、「釣った魚をさばいてほしい」というニーズが確かにあるのにサービスがほとんど生まれないのは、「魚をさばく」というサービスをどう評価するか、「価格」を決定できる指標がないことが原因と考えることができるのではないでしょうか?

 確かにスーパーでは「おさしみのパック」のように下処理済みの魚が販売されていますが、その最終金額のうち、魚をさばくという工程の金額がいくらなのかは不明です。売り場に並ぶ魚の最終価格に人件費として含まれていますが、商売上の慣例として、「魚をさばく」という単体の工程の価値は計算されていないのです。

 要は一匹あたり、何円の代金を頂くのが妥当なのか、誰もわからないから、ニーズがあっても手が出しづらい状況にあるわけです。ここでVatinに基づいて、少し発想を変えてみましょう。

「今までにないサービスを提供する」のであれば、とりあえずそのサービスに「価格」をつけてはじめて、そのサービスに価値があるかどうかが判別できるのではないでしょうか?

「釣人の駅」の場合、アジは一匹150円で下処理をしてもらえます。

 おそらく、この一匹あたりの価格には、明確な根拠はありません。設備の維持費、光熱費、人件費などランニングコストの合計と、一日あたりに持ち込まれる魚の合計から、「とりあえずこれくらいなら採算がとれる」という経営者の予想や、「これくらいの売上がほしい」という期待に基づいて設定された金額でしょう。決して、「アジをさばく」という労力や技術そのものに150円の価値が備わっているわけではありません。

 ただ、「とりあえず」であっても1匹150円という価格を設定することが大事なのです。この価格が提示されて初めて、お客さん=釣り人は「下処理してもらう価値があるかどうか?」を判断することが可能になります。そして、「魚の処理をお願いします」とお客さんが依頼した時、「魚の下処理」にサービスとしての価値が発生する訳です。
 
 本連載で取り上げた「そこそこ起業」の実例の中には、前回のビル看板の広告費のように相場が定まっているものから、第六回の同人誌第八回の自主制作のグラビア活動のように、価格そのものが曖昧なものが存在します。

 後者のように、「ニーズがあるけど商品・サービスが存在しない」ものを商売にしていくためには、実はお客さんが買う価値があるかどうかを判断する「価格付け」をまず行い、サービスと金銭を交換する相場を作っていくことから始めていく必要があるのではないでしょうか。

 設定した価格が「高すぎる」と言われれば、事業としての持続可能性と相談しながら金額を下げてゆき様子を見ていく。お客さんの要望を聞きつつ、その要望に答えるのに必要な手間から勘案して少しだけ値段を上げてみる。趣味や生活に密着した分野で「そこそこ起業」を目指すのであれば、とりあえず「この価格だったら、このサービス利用しますか?」と、身近な人に聞いてみて、お客さんと一緒に相場を作っていくことが近道なのかもしれません。

 とりあえず、「1kg1000円」で釣った魚をさばいてみようと思うのですが、釣り人のみなさん、いかがでしょうか?

 連載第13回は3/20(月)公開予定です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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