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推しが被れば「軍」が生まれる!? 戦国メイド喫茶で育む客同士の絆

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。 前回は、柴田さんに初めてのできた“推し”とのエピソードでした。 今回は戦国メイド喫茶ならではの、お客さん同士の友情にフォーカスします!
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

戦国メイド喫茶独自の「軍」という概念

 メイド喫茶に行くと言うと、よく「可愛い女の子と話したいんだな」と思われることがある。これは十割が正解である。間違いない。ただし、その100%の欲望に「友達に会いに行く」という目的が上乗せされることもある。

 メイド喫茶の雰囲気によっては、他のお客さんと話すことも難しかったりするが、ワシが常連となった戦国メイド喫茶は実にフランクで、どこか居酒屋のような感じさえする。そうした訳だから、つい隣の席になった初対面の人とも気楽に話すことがあり、場合によってはメイドさんを完全に無視してお客さん同士で盛り上がることもある。居酒屋やバーでも見ず知らずの人間同士で話すこともあるが、実はメイド喫茶の方が話しやすい時もある。なんといっても近くで働くメイドさんを話題にできる。メイドさんに推しがいる人なら、その推しについて話せば良いし、初めて来た人ならメイド喫茶や秋葉原の楽しみ方を語れば十分だ。とにかくメイド喫茶は「だれそれが推し」という一言で、すぐ仲良くなれる可能性がある。

 さてしかし、世の中には推し被りといった概念もあり、好みのメイドさんを応援するのは自分だけで良いと思うこともある。こういう時は当人の意志を尊重して踏み込まない。その一方、ワシが行く戦国メイド喫茶には「軍」という概念があった。ここのメイドさんは大名の娘であるから、その子を推してる者同士は、たとえば「真田軍」やら「徳川軍」といった風にひとまとめにされる。そうすると横のつながりが生まれ、推しのメイドさんのイベントの時に協力し合うことも多い。またメイドさんは大名の娘であるが、当然、何年も経てば入れ替わりも起こる。すると「元織田軍」のような概念が生まれ、その人たちは同じ「織田」の名を持つメイドさんを、かつての推しの娘か妹のように扱う。これで縦のつながりもできるというわけだ。まさに一つの大名家に仕えている気分になる。ちなみに、新しい推しが気に食わない時は「前の織田の方が良かったなぁ!」などと言うものだから、これは信長に反発して自刃した平手政秀の気分だ。

 そうした訳で「推しが同じ」というのは、戦国メイド喫茶の中ではなかなか特別な連帯感を生む。たとえば、ワシが戦国メイド喫茶で初めて友人になったのは「なおやてん」という名の男子高校生だった。

 その日、たまたまカウンター席で隣り合った彼は、なんとワシの書いた『ニルヤの島』を読んでいた。ちょうど前回語った「アウトデラックス」が放映された直後だったから、そこで知ってくれたのだろう。彼もワシが柴田勝家だと気づいたようで、何気なく話しかけることができた。このなおやてんという人物はなかなかの逸材で、まず凄いイケメンで、なおかつ数時間かけて秋葉原に来て、メイド喫茶で静かに本を読むという優雅さを発揮している。後の話になるが受験勉強もメイド喫茶でやっていた。

 で、会話が弾むとこんな発言が出てきた。

「柴田さん、前田きゃりんちゃん推してるんすね」

「ああ、ワシはきゃりんちゃんを推してるぞ!」

 すると、なおやてんも楽しそうに握手を求めてくる。

「俺もきゃりんちゃん推してますよ!」

 ならば、もう友人である。同じ「前田軍」としてやっていこう、などと話して肩を組む勢いで盛り上がった。これがメイド喫茶の不思議である。普通ならアラサーの髭おっさんとイケメン男子高校生が友達になる機会などない。しかし、推しが同じであるという一点で対等の立場になれるのだ。

 さらに面白いもので、一人が二人になって楽しく話していると、どんどんと友達の輪が広がっていく。そのすぐ後に「ねこ」という男性の常連客と話すことになり、帰りのエレベーターで一緒になった際にはもう友達として笑い合っていた。この「ねこ」は疲れた長瀬智也みたいな顔をしている男だが、後にワシと同じメイドさんを推すことで様々な事件を一緒に経験することになる。その話は後々にされるかもしれない。

 こうして戦国メイド喫茶の過ごし方に、新しく「友達に会いに行く」という目的が加わったのである。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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